『あふりかくじらの自由時間』

南アフリカ・ボツワナの作家「ベッシー・ヘッド」の紹介をライフワークにしています。アフリカのこと、ベリーダンスのこと、日々のこと、旅のことなどを綴っています。

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Hitomi Yokoyama / Amelia / あふりかくじら
南アフリカ・ボツワナの作家「ベッシー・ヘッド」の紹介をライフワークにしています。
詳しくは⇒ 『【BHの命日35年に寄せて】セロウェの夜明け〜作家ベッシー・ヘッドと出会ってから今までのこと』

■国際協力コンサルタント
ベリーダンサーAmelia
■著書『セロウェの夜明け、鳥の声を聴いた』
『Rupurara Moonアフリカンビーズ&クラフト』
メインサイト『あふりかくじらの自由時間』

エッセイ

自転車走行における違反への取り締まりが厳しくなり「青切符」が導入された。ながら運転など明らかに危険な運転への取り締まり強化は必要かもしれないが、環境が十分に整備されないままに罰則が先走っているという懸念は、もっともだと思う。日本では自転車専用レーンが整備
『誰かを責めることで、向き合わずに済む社会だとしたら』の画像

このところ、ジンバブエのことを毎日のように思い出す。わたしは2005年から2007年までの二年間、南部アフリカの内陸国ジンバブエに赴任していた。ムガベ大統領の名前をご存知の方も少なくないだろう。2019年に95歳で亡くなった大統領だが、1980年に植民地ローデシアがジンバ
『この国の今が、ジンバブエの崩壊に重なる』の画像

ニュースを追うほどに、悲惨な状況に胸が苦しくなる。アメリカとイスラエルによるイランに対する攻撃は世界に衝撃を与え、中東情勢は急激に悪化してしまった。どの国であれ、主権国家に対して突然爆撃を行い、多くの一般市民の命を奪うことは決してあってはならない。国際法
『こんなときだからこそ本を』の画像

雨雲出版として文学フリマ広島へ向かうことになったとき、どうしても立ち寄らなければならない場所があった。平和記念資料館である。広島そのものはこれまでも何度か行く機会があったものの、平和記念資料館には小学校の修学旅行以来、足を踏み入れていなかった。わたしは三
『雪の広島で考える ――ヒロシマの記憶と、わたしたちの態度』の画像

ここ最近、政府の政策の方向性に強い危機感を持っている。我が国が、まるでディストピアを目指してまっしぐらに進んでいくようだ。政府の政策には思うところがあまりに多く、個人としても出版社界隈としても何らかの意見表明をしなくてはならないだろう。茨城県が出した制度
『排除の発想が社会を壊すとき——アパルトヘイトとジンバブエに見る排除の構造』の画像

もし、あなたの国の「法律」がこうだったら?この地域に住んではいけないと家を追い出されるあなたの職業は単純労働に限定される水準の低い教育しか受けられず進学はできない駅、公園、トイレ、映画館、郵便局窓口や公共交通機関など、あらゆる公共施設の利用は分離される異
『世界を知る、思考の枠を広げる | 中学三年生にお話しました』の画像

このところの政治情勢や、排外主義的な世論の広がりのせいで、どんよりとした気分が続いている。けれど、いちばん悲しいのは、身近なひと、しかも意外なひとから発せられる排外主義的な言葉だ。ショックだし、正直に言えばかなり落ち込む。それでも、嘆いているだけでは済ま
『それは遠い国の話だろうか――排外主義とアパルトヘイト』の画像

 今年に入ってまだ二週間ほど。アメリカから信じられないようなニュースが次々と届く中、国内の政治情勢もまた暗澹たる気持ちにさせてくれる。超党派議員団がイスラエルを訪れた。「安全保障政策」を考えるうえで最新兵器の技術を保有する同国政府の招待で訪問し首相と面会
『どちらを向いている政治か――他人事という無関心が生む加担の構造』の画像

星野道夫さんの視線を通したアラスカの風景に触れたいと、ふと思うことがある。 心惹かれて手に取ったものの、大切に読もうと思うあまり積読になっていた星野道夫さんの『旅をする木』というエッセイ集を、味わうように惜しみながら読んだ。読み終えてしまうのがもったいなく
『心に棲むアラスカの風景――星野道夫『旅をする木』のまなざし』の画像

ボツワナへ亡命してまだ間もない1960年代、まだ『雨雲の集まるとき』を書く前、農村の人々についてベッシー・ヘッドが書いたエッセイの中に、こういうくだりがある。貧困はアフリカに住みついている――まるで静かな第二の皮膚のように。おそらく地球上で唯一、無意識の尊厳
『村の人々』の画像

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