『あふりかくじらの自由時間』

南アフリカ・ボツワナの作家「ベッシー・ヘッド」の紹介をライフワークにしています。アフリカのこと、ベリーダンスのこと、日々のこと、旅のことなどを綴っています。

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Hitomi Yokoyama / Amelia / あふりかくじら
南アフリカ・ボツワナの作家「ベッシー・ヘッド」の紹介をライフワークにしています。
詳しくは⇒ 『【BHの命日35年に寄せて】セロウェの夜明け〜作家ベッシー・ヘッドと出会ってから今までのこと』

■国際協力コンサルタント
ベリーダンサーAmelia
■著書『セロウェの夜明け、鳥の声を聴いた』
『Rupurara Moonアフリカンビーズ&クラフト』
メインサイト『あふりかくじらの自由時間』

ベッシー・ヘッド

印刷会社から束見本(つかみほん)が届いた。本の表紙や本文に使う用紙を紙見本帳で選び、実際のページ数に合わせて作る中身のないサンプルだ。これで、本の厚みや紙の色味、感触を知り、本になったときの全体像がわかる。本文用紙は、優しいクリーム色と決めている。クラシ
『翻訳出版への道 | 束見本が来て本としてこの世に立体となった』の画像

あまりにも長い年月が過ぎてしまいました。でもそんな年月にもようやく区切りをつけることができそうです。人生の節目のような気がしています。始まりは1997年。大学生のころでした。特にアフリカへの興味もなかったのに選択したアフリカ研究のゼミ。ある日、ぐうぜん入った
『翻訳出版への道 | 28年越しにベッシー・ヘッド作品の翻訳出版ができそうな今の気持ちを綴る』の画像

アメリカの大学で教鞭をとる友人が、教えてくれた話がある。彼女の大学の同僚に起きた出来事だ。その方は、分野は忘れたがもちろん専門家でご実績がある女性だ。ある学会に参加されていたとき、初めて会った年配の男性が、その分野に関心があるならこの本を読むべきだとさん
『「それを書いたのは私です」』の画像

初めてこの作品に触れたのは1997年ごろのこと。日本では未訳の作品だから英語の原文だった。この美しく深い本を日本語にするために訳し始めたのは正確にはいつだったのか思い出せないけれど、おそらく2000年ごろにはもう着手していたのではないかと思う。その日から、ここま
『翻訳出版への道 | 小説が本の文字となり生き始めた』の画像

一年ほど前、夏葉社の島田潤一郎氏がトークイベントで登壇されたとき、真っ先に質問した。「売れる本を作るのは大切ではありますが、それよりも『長く読まれる本』とはどんな本でしょうか」島田氏の答えのポイントは、「わからなさのある本」だった。それは島田氏の経験から
『長く読まれる本は「わからなさのある本」なのかもしれない』の画像

実に感慨深い。とても個人的なことで恐縮だが。作家ベッシー・ヘッドの長編小説の翻訳出版を準備中だ。これは作家を知った90年代後半から望んでいたことだが、ずいぶん長い年月が過ぎた2023年に雨雲出版を立ち上げることになり、現在は実現に向けて手続きや作業を進めている
『無意識のブロック、長いあいだ届けたかった短編コレクション』の画像

とうとうこの日を迎えてしまった。2024年12月13日、わたしは作家ベッシー・ヘッドが亡くなった年齢に追いついた。初めて彼女の存在を知り、その作品に感銘を受けたのが大学の学部生だった20歳ごろ。ボツワナに行ったのが1998年で21歳。彼女の長編小説を自分が翻訳出版したい
『ベッシー・ヘッドの年齢に追いついた日』の画像

今年十月末のこと。文学フリマ福岡に参加するために福岡に滞在してとき、祖母が亡くなったという思わぬ知らせを受け、次の週に急遽仙台へ向かうこととなってしまった。翌週の土曜日、祖母の葬儀を終え家族と別れた翌日に、沈む気持ちに浸ってばかりもいられない、とにかく自
『アパルトヘイトの「ドラム・ジェネレーション」〜写真家アーネスト・コールとベッシー・ヘッド』の画像

南部アフリカの内陸国ボツワナでも、この11月で新大統領が誕生した。独立以来初めての政権交代は、ボツワナにとって紛れもなく歴史的であり重大な出来事だ。2024年10月30日に実施された選挙により、野党Umbrella for Democratic Change (UDC)が国民議会の61議席中36議席を獲
『ボツワナ民主主義の希望、58年後の政権交代』の画像

二週間以上も前なのだが、鎌倉へひとりハイキングに行ったときに足を怪我してしまった。旅に出たくて仕方がない気持ちが強すぎるのに、現在取り組んでいる小説の翻訳出版に向けた原稿で忙しく家を離れられない。パスポートをつかんで空港から飛行機に飛び乗らんばかりの勢い
『鎌倉ハイキングでじん帯を損傷したら迷いが消え失せたかもしれない』の画像

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