ハラレの映画館で前作を観たのは、2006年のことだ。
ジンバブエに住んでいた頃で、あれからちょうど20年が経つ。
その間、数えきれないほど繰り返し観てきた映画が、実際に20年後を舞台にした続編として戻ってきた。20年という時間が、映画の外でも内でも同じように流れていたことが、なんとも感慨深かった。

今回はファッションそのものについてはまた別の機会に書くことにして、ここでは仕事のことだけ書き留めておきたい。

前作で主人公のアンディは20代だった。

ジャーナリストを志しながらもファッション誌に就職し、最初は距離を置いていたはずが、いつの間にかその世界にのめり込んで、自分を見失っていく。そのもどかしさに、どこか自分自身を重ねていた。

やりたいことよりも、まず仕事をしなければという意識で走り続けてきた。気づいたら自分がどこにいるのかわからなくなっていた、あの感覚だ。

続編の舞台では、雑誌業界が大きく変化している。印刷物としての雑誌は激減し、デジタルコンテンツが主流となった世界だ。それでも映画の背景には、紙の雑誌というものを大切にしようとする姿勢が描かれている。
出版の世界にいるわたしには、他人事ではない問いとして響いた。

そのなかで、アンディはジャーナリズムの世界で積み重ねてきた実績と倫理観を携えたまま、ランウェイへと戻ってくる。
20年前、ファッションとジャーナリズムはどこか相容れないものとして描かれていた。続編ではそのグラデーションが、もう少し自然に見える。どちらも書けるアンディの姿が、実績に裏付けられていて、とても爽快だった。

ファッション誌と社会性、という組み合わせは、現実の世界でもしばらく前から動いている。
今年4月、VOGUE JAPANが改憲反対のデモをはっきりと立場を示す形で記事にした。大手メディアの報道が限定的なテーマに対して、こういう動きが増えているように見える。

わたし自身も今、考えてもいなかった場所に立っている。

長い期間をアフリカでの仕事や開発協力の仕事に費やしてきた。
その時間が、今の出版の仕事に思いのほか結びついている。
実績があるからこそ、ベッシー・ヘッド作品の翻訳に立ち返り、解像度を高め、それを言葉にしていける。そして、様々な形で文章にしたり、言葉で発信する仕事へと結びついているのは、ほんとうにありがたいことだとつくづく思っている。

文章を書いて生きていきたいという気持ちは、昔からずっとある。
そのわたしが、今こんな形でそれまでの知見を活かすような仕事をしているのは、アンディの軌跡と不思議なくらい響き合う気がした。

20年越しに、また勇気をもらった映画だった。


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