昨年読了していた本で書くまでに時間を置いてしまったのだが、河野哲也著『アフリカ哲学全史』は自分にとって発見の多い一冊だったので、改めて書いてみたいと思う。
■哲学という切り口で、アフリカを見る
■哲学という切り口で、アフリカを見る
著者はアフリカ専門の哲学研究者ではない。わたしはこれまで長年、南アフリカを中心とした南部アフリカの思想史や反アパルトヘイト闘争、独立闘争などに触れてきた。それなりの知識があるつもりだったが、「哲学」という切り口はとても新鮮だった。むしろ、地域研究の外から見ることで見えてくるものがある。本書はそのことを教えてくれた。
本書はまず、アフリカ哲学とは何かを探ることから始まる。これまでアフリカ哲学という大枠で体系的なあり方が説かれることはほとんどなかったと著者は語る。
ここで表明される最も重要な立ち位置は、こういうことだ。アフリカの現代哲学には、現代世界の根本を問い直す重要な問題提起が数多くある。非アフリカ世界にとって、それはこれまでにない思考法でもある。しかしだからこそ、これを「エキゾティズム」として消費してはならない。
アフリカ哲学の視点をとることで、わたしたちは自分たちのこれまでの物の見方や発想法にどれだけのバイアスがかかっていたかに気づくことができる。著者はそう語る。本書は単に対象としての「アフリカ哲学」を語りたいのではない。読者が自らを顧みることを促しているのである。
■哲学は、誰のためのものだったか
植民地主義と「哲学」は、切っても切り離せない。
植民地化とは暴力的欲望そのものではなく、その思想的な正当化のことである。マルティニークの哲学者エメ・セゼールのこの言葉を引きながら、著者は西洋の「倫理的二面性」を鋭く指摘する。
啓蒙主義思想に見られるように、自分たちの同胞とみなす人間たちには権利を認め、平等と公正を誓う。他方で、自分たちよりも『劣る』人間にはそれらを認めない。だが、実はその区別が危ういことにも気づいているので、自分の暴力的欲望を発揮して良い対象を割り出すために線引きする。これこそがまさしく差別である。こうして植民地化は、人種主義を正当化の根拠として必要としてきた。
植民地において、様々な学問が人種主義を補強し、植民地経営を正当化するために利用されてきた。哲学もその重要な役割を担ったひとつである。著者はこの点を繰り返し指摘する。アフリカに軸足を置いて論じる本書の、最も重要な視座だとわたしは感じた。
歴史篇では、パンアフリカニズムからネグリチュード運動まで、アフリカ思想史の重要な動きが歴史と紐づけられて立体的に描かれている。
■書かれなかった哲学の豊かさ
後半のテーマ篇では、アフリカ哲学の豊かさが思想の横軸から語られる。
西洋哲学中心の世界に押されてきたアフリカだが、そこには独自の豊かさがある。そのひとつが口承伝統だ。西洋的な体系に還元しない、西洋哲学の脱構築と、アフリカ独自の概念や思考法を伝統文化から引き出そうとする態度。
それがアフリカ哲学の核心のひとつだという。
それがアフリカ哲学の核心のひとつだという。
多くの場合、アフリカの賢者は書物を記さなかった。それでも、宗教や社会的信念を合理的に、批判的に検討してきた。アフリカの文化的伝統の中には、人間存在を根源的な次元において反省的に思考した賢者が確かに存在する。
これに基づいて著者は、「哲学のアウトプットは書籍である必要はない。賢者を生み出すことでもあり得る」と語る。
また、アフリカの哲学が人間中心主義的であることも強調されている。これには強く賛同したいところだ。
■ベッシー・ヘッドが描いた、地上の神
作家ベッシー・ヘッドが『雨雲の集まるとき』で描くディノレゴ老人やマ・ミリピードは、この「賢者」のひとつの形だろう。彼らを通して語られるのは、ボツワナの村に根差したアフリカ哲学の生きた姿だ。
この小説に織り込まれているのは、天にいる未知なる神ではない。地上にいる神だ。ベッシー・ヘッド自身が小説やエッセイに繰り返し描いてきたように、彼女は人間を愛し、人々の中に神を見出した。本書を読みながら、わたしは何度もこの作品のことを思った。アフリカ哲学として体系的に語られていることが、ベッシー・ヘッドの文学にはすでに自然な形で宿っているのだ。
■排外主義の時代に、アフリカから学ぶ
「人種主義とは、誰かを隷属させる権力を有している者が行うことである。排除が隷属のために行われることこそが、人種主義である」と著者は述べる。
では、現代社会ではどうだろうか。
排外主義に傾く今の世界で、わたしたちは何を手がかりにすればいいのか。西洋哲学にけん引され、長らく搾取されてきたアフリカ。しかしその当のアフリカに、独自の豊かな思想が息づいている。人種主義の構造を問い直す言葉が、人間中心主義的な哲学の蓄積が、口承の賢者たちの知恵が。
本書が促すのは、アフリカを「知る」ことではなく、アフリカから学ぶことで自分たちのバイアスを問い直すことだ。その問いは、今この瞬間にも有効である。


エッセイ100本プロジェクト(2023年9月start)
【85/100本】
ベッシー・ヘッド著/横山仁美訳『雨雲の集まるとき』(雨雲出版)2025年5月刊行!
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