このところ、ジンバブエのことを毎日のように思い出す。
わたしは2005年から2007年までの二年間、南部アフリカの内陸国ジンバブエに赴任していた。
わたしは2005年から2007年までの二年間、南部アフリカの内陸国ジンバブエに赴任していた。
ムガベ大統領の名前をご存知の方も少なくないだろう。
2019年に95歳で亡くなった大統領だが、1980年に植民地ローデシアがジンバブエとして独立すると首相に就任、その後大統領となりクーデターを起こされて辞任するまで実に37年に亘り政権の座にいた人物だ。最初は独立闘争の英雄だったが、超長期政権の中で90年代ごろには独裁者と呼ばれるようになる。
非常に強権的な政策を行い、国が崩壊したと言ってもいい危機を迎えたのがちょうど2007年から2008年ごろだ。そのひとつは世界最悪のハイパーインフレだ。
2008年11月に月間上昇率が790億%、物価が倍になるまでの時間はわずか24.7時間という速度であった。ジンバブエ・ドルは無価値化し、米ドルなどの外貨使用が解禁され、2009年にハイパーインフレは終息した。
この最悪の経済状態は複数の要因に導かれて起こったものだが、農地改革は最も大きな打撃を与えた。植民地ローデシアは白人至上主義の国で、国内の広大で肥沃な土地の大部分を少数の白人が農場として所有していた。独立を勝ち取っても解消されない格差と進まない土地改革への圧力もあり、政府は白人農場を強制的に収用し、結果農業国として豊かな経済を誇っていたジンバブエは転げ落ちるように衰退した。
インフラも整備され、製造業も充実して豊かな国だったジンバブエ。
(ただし、植民地構造に根差した豊かさではあった)
国が崩壊の道をたどると何が起きるのか。
まず、外貨が不足してガソリンが入らなくなる。インフラも次から次へと機能しなくなっていく。
製造業が止まる、ものが流通しなくなる、公共サービスや様々なものが連動して止まっていく。病院も物資が足りずに、十分な医療が受けられなくなる。やがてひどい停電と断水が毎日のように起きる。
スーパーの棚は文字通り空っぽになり、パンも買えなくなる。日用品もない。
ガソリンを買うために、何日もガソリンスタンドに並ぶ。
近隣国に逃れた人々も無数にいたし、残っている国民は日用品を南アなどから手に入れて闇で販売したり、小さなビジネスで何とか身を立てていた。政府が崩壊しているので、自分たちの身を守るためのサバイバルだった。
2005年に行われたオペレーション・ムランバチーナ(ショナ語でゴミ片付け作戦)は、中でも世界中に驚きを与えた人道に対する罪であった。英語では「秩序回復作戦」Operation Restore Order。
都市部の低所得者層居住地域に建てられた簡易建築の家々や露店などを突然政府が大規模に破壊し、結果80万人余りのひとが住むところや職を失った。シェルターもない中で亡くなったひとも大勢いた。
対象エリアには、野党支持者が多いための政策であったともいわれる。
治安維持や集会の禁止など、多くの法律を作っては政府に反対する者を力で抑えつけてきた。スパイやテロリストを取り締まり「安全」を確保するという名目で、多くのひとが逮捕された。政治的混乱の中で亡くなったひとも数知れず。選挙は毎回のように不正疑惑で衝突が起きた。
欧米諸国の経済制裁を受けていたジンバブエは、欧米を敵対勢力と呼んだ。
この感じ、想像できるでしょうか。
何が言いたいかというと。
今の日本に、同じ匂いを感じている。
「スパイやテロリストを取り締まり、安全を確保する」
ジンバブエで使われたその言葉が、今、この国でも使われ始めている。
ジンバブエで使われたその言葉が、今、この国でも使われ始めている。
現政権はスパイ防止法の制定を連立合意に明記し、具体的に動き出している。法律の名前だけ聞けば、必要なことのように思える。外国のスパイから国を守る、当然のことではないかと。
でも、問題は「誰がスパイとされるか」だ。
セットで検討されている「外国代理人登録法」では、外国と接点のあるNGOや研究者、ジャーナリストの活動が「外国の利益のために動く者」として標的になりうると指摘されている。海外に家族や仕事上のつながりを持つ普通の市民も、例外ではないかもしれない。
「秩序の回復」「安全の確保」という言葉は、いつだって正しく聞こえる。ジンバブエもそうだった。問題は、その言葉の下に何が隠れているか、だ。
現在、日本は経済的にも、安全保障の面でも、かつてない圧力にさらされつつある。
今週始めに、ポテトチップスのわさビーフが生産停止するニュースがあった。
この会社にとっては重大な出来事だが、これを些細なことと笑ったひともいるのではないか。
すでに、原油不足で操業を縮小したり停止したりするビジネスも出てきている話を聞く。
これがつまり、ジンバブエが経済崩壊していった姿を連想させるのだ。
人々が危機と思わないうちから、危機は始まっている。
人々が危機と思わないうちから、危機は始まっている。
ジンバブエと我が国が似ていない点も多くあるが、もっとも大きいのが国民の危機感かもしれない。スーパーやコンビニにいつでもものがあり、電気や水道が止まることなくインフラは正常に機能する中で、それが当たり前と思って生まれ育ってきた人たちにとって、それがない世の中が想像しにくいのかもしれない。
ものがあってインフラが機能しているのは当たり前ではない。
すごいことなのだ。
だからこそ、本当は何も保証なんてされていないのだ。
こういったものが「奪われていく」ということに、あまりにも無頓着な人々が多すぎるのではないだろうか。だって、「ない状態」を経験していないから。
こういったものが「奪われていく」ということに、あまりにも無頓着な人々が多すぎるのではないだろうか。だって、「ない状態」を経験していないから。
ジンバブエの人々は、生活を守るため知恵を絞りあらゆる策を取って乗り越えようとしたけれど、我が国の人々は果たしてどうなるだろうか。
戦争や独裁的な政治に対して、声を上げる人が増えてきている。
それでもまだまだ、国が崩壊する危機感を持っている人が少ないように思う。
国際情勢が激しく動き、我が国の外交に頭を抱える日々。
国は壊れるのだということをわたしは伝えていきたいと思っている。
もう我が国でも始まっている。

エッセイ100本プロジェクト(2023年9月start)
【80/100本】
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