星野道夫さんの視線を通したアラスカの風景に触れたいと、ふと思うことがある。

心惹かれて手に取ったものの、大切に読もうと思うあまり積読になっていた星野道夫さんの『旅をする木』というエッセイ集を、味わうように惜しみながら読んだ。読み終えてしまうのがもったいなく、何度でも読み返しながら魂に染み込ませたいと思うほどの一冊だ。

どの作品も深く心に響く豊かな言葉に溢れ、宝物のように感じられる。

その中でも印象に残った一節がある。




今でなくていい。日本に帰って、あわただしい日々の暮らしに戻り、ルース氷河のことなど忘れてしまってもいい。が、五年後、十年後に、そのことを知りたいと思う。ひとつの体験が、その人間の中で熟し、何かを形作るまでには、少し時間が必要な気がするからだ。
(中略)
子どものころに見た風景がずっと心の中に残ることがある。いつか大人になり、さまざまな人生の岐路に立った時、人の言葉ではなく、いつか見た風景に励まされたり勇気を与えられたりすることがきっとあるような気がする。


これは、小学校から高校までの子どもたち11人を連れてルース氷河を訪れたときのことが書かれた文章の一節だ。

大自然の中に吸い込まれるような星野さんの魂のかけらを綴った文章のなかで、子どもたちのことを描いた作品が特に心に残ったのは、自分自身もまたアラスカの大自然に触れた子どもだったからだ。

小学校6年生から中学校2年生までをアラスカ州アンカレジで過ごしたわたしにとって、初めて暮らす外国であり、初めて触れる圧倒的にダイナミックな大自然は、まさにこんな風景だった。

父の仕事でアラスカに家族で引っ越したのが1988年。
そこで暮らした時間は2年余りと短い期間だったけれど、それがわたしに与えた影響は計り知れない。

外国で、自分自身がマイノリティとして暮らすこと。
世界は広く様々な国があり、皆がそれぞれの文化の中で生きていること。そして、それを分かち合うために時間をかけて言葉を交わすこと。

一方で、星野さんの本に現れるような辺境の地まではさすがに行っていないが、デナリ国立公園や氷河、そして畏怖に近い不思議な感情を呼び起こす緑色のオーロラ。
キラキラと輝くダイヤモンドダストや、冬のあいだずっと雪に埋もれた街。怖いくらいの星空。マイナス40度の世界。アラスカという圧倒的な存在にずっと触れている貴重な日々だった。

アラスカの鮮やかで美しい夏が訪れると、父は大きなキャンピングカーを借りて、母とわたしと二人の弟たちをキャンプに連れて行ってくれた。アラスカでの暮らしは、毎日が新鮮で冒険のようだった。

冬は日照時間がとても短く、朝、学校に行くときには月を見ていた。
夏休みが終わり9月になると、一気に空気が冷え込み、冬の気配がやってくる。

あの空気感は、今でも身体的感覚として記憶の奥底から鮮やかによみがえる。


アラスカから帰国し、高校、大学と進学してアフリカと出会ったわたしは、まるで違うはずのアフリカの大地でもアラスカをよく思い出す。


わたしの心に、あのときのアラスカの大自然が棲み、熟成し、息づいているのだと思う。

いつかアラスカに帰り、あの空気の中に佇み、真っ白でダイナミックな山の稜線を眺めたい。

でも、大自然とともに心の中に息づいているもう一つの大切なもの。
それは、鮮やかで幸せな家族の思い出なのだろうなと、いつも思うのだ。


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