11歳のとき、わたしはアメリカの小学校に通うことになった。
日本での暮らししか知らなかった子どもが、ある日突然、異国の教室に放り込まれる。英語はできず、友だちもいない。けれど、同じ年齢の子どもたちと机を並べているのだから、本来なら対等であるはずだった。
しかし現実には、わたしは「何も知らない子」として見られた。年齢は同じでも、まるで幼い子どものように扱われる。自分には考えや感情があるのに、それを伝える言葉を持たないことで、存在そのものが小さく歪められてしまう。
さらに、日々を重ねるごとに別の恐怖も募った。ちょっとした失敗や言い間違いが「日本人はこうなのか」と日本全体に投影されてしまうことへの不安だ。たった一つの言動が誤解を招いても、それを弁明する言葉を持たない。いつも「日本人はわかっていない」とひとくくりにされるかもしれない緊張感が、学校生活に影を落としていた。
その経験は、わたしが初めて「マイノリティ」として直面した現実であり、言葉が通じないだけで人はこんなにも容易に誤解され、想像されない存在になるのだということを痛感させた。
今振り返れば、あれは「想像力の欠如」という、人間社会に根深く潜む病に初めて出会った体験だった。
ベッシー・ヘッドが見た差別の風景
1937年南アフリカでアパルトヘイト期に生まれた作家ベッシー・ヘッドは、白人の母親と黒人と思われる父親のあいだに生まれた。母親が入院していた精神病院で生を享け、父親は誰なのかわからない。
人種主義社会の中で生まれた時から違法な存在として生きたベッシー・ヘッドは、やがてジャーナリストになるも南アフリカ政府のパスポートが拒否されたまま出国許可証を手にボツワナへ亡命する。人種差別に基づく非人間的な社会で、日々流される血を見ながら国を後にすることを決めた彼女が、亡命先のボツワナで最初に発表した作品が『雨雲の集まるとき』(When Rain Clouds Gather 1968)である。
主人公マカヤもまた、作者と同じようにボツワナへ亡命した元ジャーナリストの青年だ。非人間的な社会の中で苦しみながら生きることから、新たなる人生へと踏み出そうとする。しかし、ボツワナ農村社会でも、彼の苦悩は消えることはなく、度々心の闇をよみがえらせてしまう。
これはアパルトヘイトの根幹を成す考え方のひとつだ。
彼ら(白人)は、すべてを理解しているはずなのに、人間の内側に宿る命だけは理解しなかったからだ。もし理解していたのなら、黒人たちも同じ人間であり、全身にタールを塗り羽にまみれさせ、木に吊るして死なせる奇妙な動物ではないことを受け入れていただろう。『雨雲の集まるとき』より
この描写は、想像力の欠如が生む非人間性を象徴している。
つまり、白人が黒人にも自分たちと同じような感情があり生きている人間であるという想像ができないことで差別につながる。それにより、自分たちの優位性を確立し安全な生存圏を作り出す。他者を踏みにじることで。
しかし、当然だが差別は白人から黒人に対するものとは限らない。
『雨雲の集まるとき』に描かれている差別は多様で多層的だ。ツワナ人によるサン(狩猟採集民族。通称ブッシュマンは蔑称にあたる)に対する差別も、さらにはマカヤのような政治亡命者に対する差別も存在する。ベッシー・ヘッドがアパルトヘイト構造そのものを攻撃するのではなく、その土台となる差別の根源に迫った最初の作品が、『雨雲の集まるとき』である。
差別の連鎖と人間の心の闇
ベッシー・ヘッド本人もまた、白人と黒人のあいだの違法な出生の背景を持ちカラードとして生き、ボツワナでは亡命者として生きる中で、差別される対象になり得るとともに、ボツワナ社会では第三者的視点での率直な疑問を書き留めている。
2作目として発表された小説『マル』は、ボツワナ社会における「バサルワ」(サンの人々)への差別を題材としているが、ある意味タブーであったテーマに切り込んだ背景をエッセイに書いている。
2作目として発表された小説『マル』は、ボツワナ社会における「バサルワ」(サンの人々)への差別を題材としているが、ある意味タブーであったテーマに切り込んだ背景をエッセイに書いている。
人種的憎悪の言葉は知っていたが、それは白人だけが実践する悪だった。だからボツワナの人々が抑圧するバサルワについて語るのを驚きながら聞いた:「彼らは考えないんだ」と彼らは言った。「何も知らないんだ」初めて盲目的な偏見に疑問を抱いた:「どうしてそんなことがわかるのか? バサルワが考えていないとどうして確信できるのか?」(中略)あの種の搾取と悪は、抑圧者と抑圧される者との間のコミュニケーション不足に依存していることを発見した。抑圧者は、自らの犠牲者が自分と同じ憧れや感情、感受性を持っていると知れば恐怖に駆られるだろう。A Woman Alone(Social and political pressures that shape literature in Southern Africa)
「想像力の欠如」という病
差別は他者を同じ人間として想像できないことから始まる。これは時代や地域に関係なくどの社会でもあり得ることだ。
それは、無知と無意識、恐怖、そして想像力の欠如が重なったものだ。
恐怖から相手を蔑み、未知なるものへの恐怖を自らの生存を脅かす脅威と認識し、社会の中でその歪んだ認識の共感性を高め共鳴させていくような仕組みが出来上がっていく。
これがアパルトヘイトという地獄を生み出した土台となるもので、ベッシー・ヘッドはそのリアリティについて小説という形を通じて強烈な問いかけを投げかけている。
過去と現在が重なる場所
それは、無知と無意識、恐怖、そして想像力の欠如が重なったものだ。
恐怖から相手を蔑み、未知なるものへの恐怖を自らの生存を脅かす脅威と認識し、社会の中でその歪んだ認識の共感性を高め共鳴させていくような仕組みが出来上がっていく。
これがアパルトヘイトという地獄を生み出した土台となるもので、ベッシー・ヘッドはそのリアリティについて小説という形を通じて強烈な問いかけを投げかけている。
過去と現在が重なる場所
アパルトヘイトという長く非人間的な時代が終焉を迎え、南アフリカは1994年に全人種参加の選挙を実施。様々な人種の共生の道へと歩み始めた。
そのはずだったが、今度は周辺諸国から南アフリカへと働きに来ている外国人に対する激しいゼノフォビアが表面化した。
自体は深刻となり、暴動が起きて何人もの尊い命が奪われることにもつながった。
果たしてこれは単に遠い国で起きている出来事だろうか。
世界各地で、強まっていく排外主義やヘイトのレトリックが、日本にも蔓延している。
このことに強い危機感を抱いている。
最近、JICAが打ち出したホームタウン構想が物議を醸し、激しい反発を招く結果となってしまったが、これは昨今の排外主義の流れを印象付けることになったのは悲しい。
JICAには移民へ居住許可を与える法的権限もないのに、交流という名目が完全に裏目に出てしまったのは、日本がずいぶん国際感覚を失い時代が後退していることを裏付ける形となった。
未来への想像力
自らの社会を脅かす外国人という架空の存在を作り上げ、ひとくくりにする恐ろしさは、歴史が示している。
多様性とは、受け入れるものではない。
もともと世界は多様なのだから、そのことへの想像力を失わないことが何より重要だ。
それは、我慢をしたり受け入れられないことを認めたりすることではない。そのような表面的なレベルで他者をひとくくりに批判し、蔑み否定をする発想に決してつなげてはならないということだ。
〇〇人はこうだ、と言った時点で、それは差別の始まりなのだ。
差別の延長線上には、戦争があり虐殺があることを忘れるべきではない。
日本はこれまでもこれからも世界とのつながりのなかで成り立っている。
食料や資源、人材、文化などあらゆる面で、多様な世界があるからこそ成り立っている。
そして、外国人は「労働力」ではない。労働のために役立つから日本にいてもいい、という発想もまた差別意識を含んでいると言えるだろう。
自らが海外に暮らしていて、同じことを言われる立場になった場面を想像してみるといい。
わたしたちは、他者を想像できているだろうか。
ひとりひとり、名前を持つ個人としての他者を。
エッセイ100本プロジェクト(2023年9月start)ひとりひとり、名前を持つ個人としての他者を。
もし白人がアジア人を低俗で薄汚い人種だと思ったとしても、アジア人は安堵の笑みを浮かべられた——少なくとも自分たちはアフリカ人ではないと。そしてもし白人がアフリカ人を低俗で薄汚い人種だと思ったとしても、南アフリカのアフリカ人はまだ笑みを浮かべられた——少なくとも自分たちはブッシュマンではないと。 皆それぞれにモンスターを持っているのだ。MARU(1971)より
【61/100本】

コメント
このブログにコメントするにはログインが必要です。
さんログアウト
この記事には許可ユーザしかコメントができません。