夢はひとに語ろう。
という言葉をたまに耳にする。


語ることで自分にいい意味での自信がつくし、語るからこそ情報やチャンスがやってきやすくなる。

そういう意味で、わたしはその「夢を語る」ことに大いに賛同している。





「夢」というのとは厳密には違うのだが(この点はここで深追いはしない)、自分が実現しようと望んでいるものならたくさんある。

もちろん、そのひとつはライフワークと呼んでいる作家ベッシー・ヘッドに関わる活動だろう。

大学生のころに衝撃的に彼女の存在を知ってから二十数年、わたしはアフリカの道を歩み現在に至る。
そして、その南アフリカ生まれのボツワナの作家をまだ追いかけ続けている。

まずは、現在翻訳している長編小説を出版すること。
それから、ボツワナのベッシー・ヘッド・ヘリテージトラストで進められている仕事と、書簡やその他未訳のもの、すでに日本語訳で出版されたもの(いずれも古い)の訳しなおしなど、やりたいことはいくらでもある。

これをわたしはライフワークと呼んでいる。

これが、わたしの人生を形成している内容の濃いコアな部分であることは間違いない。


では。
その濃いコアを、果たして自分は誰に語って来たのか。共有してきたのか。

このことについて、最近よく思うのだ。


今でこそ、ブログやツイッター、noteにはベッシー・ヘッドのことを毎日書きまくっているので、「語っている」ことにはなるだろう。


でも、振り返ってみれば実はわたしは、自らこのライフワークについてひとに直接語るケースが極めて限られている。


たとえば、ぶっちゃけるお話ですけれど、これまで何度かデートした異性など。
わたしには長年パートナーがいないので、それくらいのレベル感の関係性しか築いてこなかったのではあるものの、そんな何人かのお相手の誰一人に対しても、わたしはベッシー・ヘッドの名など語ったことがないのだ。

驚きます?
わたしもちょっと驚いている。(!)

これだけ発信しまくっているのに。


理由はいくつかある。

一つ目、そんなに深い関係性を築いていないのでコアな話をする気はない
二つ目、ほとんどの相手が、正直言ってわたしのコアな話がとても通じるような相手ではなかった(深く説明しません)
三つ目、自分のいちばん大切なことを伝えたとして、ネガティブな反応を取られる可能性を恐れている

ざっとそんなところだ。


この一つ目と二つ目はどうでもいいとして、三つ目というのはやはりそうなのかなと思う。

大切なことほど、否定されたり拒絶されたり、軽く受け流されたりしたくない。
もちろん、そんなことする相手なのだったらそもそも付き合わなくてもいいのだけれど。

だから、ここ十数年の間に数回デートした相手のほぼ全員、わたしが作家ベッシー・ヘッドのことを人生かけて二十数年追いかけているとか、そのためにボツワナに行ったり、アフリカ人生を歩んで現在の仕事に至っていることとか、おそらく何一つ知らないまま関係性が終わったひとだ。
もっと本音を言ってしまうと、結局好きになった人は誰もいなかったから、どうでもいいっちゃいいのだけれど。



全員と言ったが、二人例外がいらっしゃる。

ひとりは9年くらいまえに好きだったひと。
彼にさえも、なんとわたしはこんなに大切な作家ベッシー・ヘッドを追いかけてきた自分の人生のことを語っていない。

でも、ある時ブログだかSNSだか忘れてしまったけれど、確かわたしがベッシーを追いかけ始めた経緯と翻訳出版がしたいという熱意について書いたとき、なんと感銘を受けてくれたらしく興奮気味のメッセージをくれたのだ。

「心の底から応援しています」と。

そんなに心動かしてくれるなんて思っていなかった。わたしは直接自分からそんな大切なことを語らなかったのを悔やんだ。そんな男の人なんて、本当にいなかったのだ。
彼は、これまでの中で大変に数少ない本当にいい男だなぁと今でも思う。

早い段階で心を開いて話しておけば、もっと素直にお近づきになることができたのかもしれない。わたしは、そこまで「いいな」と思っていた彼に対してすら、心を十分開いていなかったのだろう。

自分が心を開かない限り、相手の心も開かない。(←ここテスト出ます)



もうひとりは、つい最近、某国で出会ったひとだ。
たまたま出張に来ていた海外のひと。

彼とは、映画みたいにドラマチックな出会いをしたのだけれど、驚いたことにいちばん最初にデートをしたときに、不思議なくらい何でもしゃべってしまった。
いきなりコアなところをお互い心開いて夢中で話した。

作家ベッシー・ヘッドを追いかけ、アフリカ人生を生きてきたことも、ライフワークのこともプライベートなことも、なんでも。ほぼ初対面なのに、いきなりディープなお話をした。

相手はひとまわりも年下の外国の男性だ。

そんなにいきなり心を開ける相手が、この世に存在するなんて。
そんなひとに驚くような出会い方をするなんて。

この経験が、色々考えるきっかけにもなった。



いったいどれくらいのひとが、自分自身のコアな部分を誰かに素直に語れるのだろう。

パートナーには?
お友だちには?


もし、その人たちとの関係性が大切なのだったら、やっぱり心を開いてコアな部分を話すのは大切だと思う。自分にとっての大事なことなのだったら。
(え?それ当たり前なの?)

これまで、自分が周囲のひとに対して、ちゃんと自分の「夢」や「ライフワーク」の人生で大切なことについて語ってこなかったことを、ようやく長い年月が経った今、反省もしている。

もっと心をオープンにできたらいいと思う。


そして願わくば、何も話せないまま終わってしまった、という人間関係はもうないといいな。


そんなことを思うのだ。


IMG_1692





南アフリカの作家ベッシー・ヘッド(1937-1986)の紹介をライフワークとしています。
(詳しくはこちら)

■作品の翻訳出版に向けて奔走しています。
■作家ベッシー・ヘッドについてnoteで発信しています。
note「ベッシー・ヘッドとアフリカと」
note「雨雲のタイプライター|ベッシー・ヘッドの言葉たち」

==
■ Amelia Oriental Dance (Facebookpage)
■ 『心と身体を温めるリラックス・ベリーダンス』
■ Rupurara Moonアフリカンビーズ&クラフト
 Rupurara Moon African Beads & Crafts
 



↓更新通知が届きます


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ にほんブログ村 演劇・ダンスブログ ベリーダンスへ