1月20日(木)にセルビアに来て、今日は2月21日(月)
ちょうどひと月経ちました。
今回の出張はもともと17日間のセルビア滞在で、セルビアの次に10日ほどかけてあと2か国、合計3か国を回る予定でしたが、本日セルビアに33日目
まだ一か国目のセルビアから出ることができていません。

タイトルの通り、PCR検査で陽性と出たからです。
TwitterInstagram(メインアカウント)をご覧になっていない方はご存じないかと思います。

この国に来て、様々なことがあり学ぶこと感じることが深すぎて、その断片でもどんどん文章化しないと人生のコマを先に進められないような気がしていますが、まずはコロナの件をシンプルに書きたいと思いました。

1.経緯〜隣国移動のためPCR検査を受けたら陽性だった件
2.症状と対応について
3.出張予定の変更とキャンセル
4.ホテルの隔離で世話になった
5.生き方を考える

ーー
1.経緯〜隣国移動のためPCR検査を受けたら陽性だった件

簡単な経緯は以下の通りです。

2月4日(金) モンテネグロ行きのためPCR検査【陽性】
2月5日(土)〜 2月11日(金) ホテル完全隔離 
(当然、予定だった2月6日に出国ができず)
2月12日(土) PCR検査【陰性】
2月13日(日) 体調不良(発熱等)
2月14日(月)〜2月16日(水)絶不調。ずっとホテル
2月19日(土) PCR検査【陽性】
2月20日(日) PCR検査【陽性】ホテル隔離再開
(↑リベンジのためわざわざ受けたがアウト)
2月21日(月) 陽性のため、三度目の正直で予約取ったフライトで出国できずイマココ
2月23日(水) PCR検査(予定)
2月24日(木) セルビア出国予定 〜25日帰国 (希望)


2.症状と対応について

入院等はしていません。ホテル隔離のみです。
陽性が発覚した次の日にかなりだるくなってダウンしましたが、ほとんど発熱はありませんでした。
(37度くらい)
その後、だるさはあったもののそれほど症状が出たという自覚もなく、セルビアで決められているという隔離期間7日間、完全にホテルの部屋で隔離状態でした。
7日経った2月12日に再度PCR検査を受け、めでたく陰性に。

でも、その直後に陽性のときよりも体調が悪くなりました。
発熱し、激しい咳と寒気。風邪がひどくなったときのように朦朧としていました。
それで二日くらい過ごしたでしょうか。

その後熱も下がりましたが、だるさと咳はひどいままでした。

2月19日(土)ベオグラードのクリニックで肺から血液まで見てもらい、免疫力の低下と鉄欠乏(もともと)が指摘されましたが、肺炎にはなっておらず問題はないとのことでした。
抗生物質だけ処方してもらいました。

そして、同日、再度PCRを受けたら陽性でした。

現在(21日)は、だるさと体力の低下、そして咳は続いているものの回復傾向にはあると感じています。

3.出張予定の変更とキャンセル

業務出張中でのコロナ陽性ということで、多くの方にお世話になることになりました。
安全面ではサポート制度も色々あり、職場や関係者からの多くの支援をいただきました。

でも、3か国回る予定はキャンセルに。
体力の低下から横移動をあきらめ、帰国便に乗れるまで回復次第帰国という流れになりました。

出張で二回目のホテル隔離になるとは、本当に一大事です。
もちろん、身体はなんとか回復していますし、命に別条があるという状況ではないのでありがたいこととは思っていますが、メンタル的ダメージもけっこうありました。

まだ陰性が出ていないので今週帰国できるとは限りません。

【追記】「陽性」と「陰性」について
PCR検査では、ウィルスの死骸もひっかかれば陽性と出てしまうことがあるそうです。
なので、陽性が出たからずっとコロナに罹患しているということとは限らず、粘膜の状態によっても変わるそうです。中には一か月くらい陽性が出続けてしまうひともいるようです。

ただし、私の場合もそうかもしれませんが、コロナそのものの症状というよりも、それによる免疫力低下で他のウィルスや細菌などのせいで具合が悪くなってしまうというケースは多いと感じます。」

わたしも陰性判定が出た直後に体調を崩しました。陽性の間はほとんど何ともなかった。

現在、コロナそのものによる死者数が少ないことでコロナを軽視する発言すら見かけられますが、コロナが引き金となって他の疾患で亡くなるのなら、コロナは絶対に甘く見てはいけないものだと実感しています。現に私も、血液検査で軒並み数値が低下していましたから。

それに明らかに体力が落ちてだるさが抜けないのを感じます。咳も続いています。陰性が出たとしても、ちゃんと治るまで気を付けないと他の病気になる可能性がありそうです。

4.ホテルの隔離で世話になった

コロナ陽性騒動で、仕事関係の方にはお世話になりましたが、ホテルの方にもものすごくお世話になりました。
滞在しているホテルはけっこういい国際ブランドのホテルなのでサービスもとても行き届き、スタッフの方は皆親切でした。
しかもコロナ禍でわたしのように陽性となる方の前例もけっこうあったようで、ガイドラインがしっかりしているのか、てきぱきと必要なものを用意してくれたり食事を運んでくれたりと色々お世話になりまくりでした。

しかも、みんな温かいお心遣い(´;ω;`)

実は、一連のコロナ陽性の件については動画として残そうと思っていて、そこで詳しくお話をしています。いずれ編集ができたらYouTubeにアップしようと思っています。

でも、まだ陰性が出ていないので、この騒動は終わりではございません。


5.生き方を考える

わたしは幸い命に係わるような重い症状が出たり高熱が出たり肺炎になったり、ということがなくここまで来ています。良く言われる味覚・嗅覚もなんともありません。
毎日アロマを気持ちよくくんくんし、朝ごはんをよーく味わい美味しくいただいています。

それでも、熱とだるさと寒気で意識が朦朧としていた時には、肺炎になってやるものか!生きてやる!とは思いました。

やはりコロナというだけあって不安はありました。


そのとき思ったことが、作家ベッシー・ヘッド活動のことでした。
まず、翻訳出版したいと長年取り組んでいる作品のことです。
あの作品を、自分の日本語で出版するんだ、とゆらゆらする意識の中で強く強く思いました。

そして、わたしはボツワナに行ってベッシー・ヘッド関連活動をするのだぞ!と思いました。

(わたしとベッシー・ヘッドについてご存知ない方はこちらの記事をご覧ください

いちばん大切なのは家族と思っていますが、自分の魂の仕事としていちばん大切なのは作家ベッシー・ヘッドに関することなのでしょうね。
インスタにもイラストを載せましたが、大学生の時に訪れたボツワナはセロウェ村のハットの様子やそこで過ごした21歳の自分の夜が何度も頭の中に蘇りました。


自分にとって大切なことは何なのか。

何かがあると、深いところを考えますね。



この二週間ほどで考えた大切なことは、その断片だけでも文章に落とし込んでいきたいと思っています。
何だか、かけがえのないことでもあり、深く心の奥底に眠らせたまま忘れていたことでもあるような気がするのです。

心から、余計な鍵のついた重い扉が崩れてなくなっていったような感じさえしています。

そして、十年以上わたしの心の中にある意味重く存在していたあることを、手放そうとシンプルに思えました。生きている時間って、限られているものですからね。

人生そんなに思うほど長くなんてないんです。

だからこそ、やりたいことをどんどんやろう、という発想もいいけど、その前にいらないものをどんどん手放そう、なんだと思うんです。

潔く、うつくしく、愛をこめて。

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この国にやってきたときは真冬で、ユニクロの最強ダウンで武装して雪の中を歩いていたのに、いつの間にかずいぶん季節が変わったようです。
ダウンもいらなくなりました。

ショーウインドウには、春色のドレスが並んでいます。

陰性が出てホテル隔離から解放されたら、この春色ドレスを買って帰りたいな。

そんな小さな希望が、今日もわたしを前へ押してくれます。


ありがとう。


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南アフリカの作家ベッシー・ヘッド(1937-1986)の紹介をライフワークとしています。
(詳しくはこちら)

■作品の翻訳出版に向けて奔走しています。
■作家ベッシー・ヘッドについてnoteで発信しています。
note「ベッシー・ヘッドとアフリカと」
note「雨雲のタイプライター|ベッシー・ヘッドの言葉たち」

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■ Amelia Oriental Dance (Facebookpage)
■ 『心と身体を温めるリラックス・ベリーダンス』
■ Rupurara Moonアフリカンビーズ&クラフト
 Rupurara Moon African Beads & Crafts
 



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