翻訳家って孤独なのかな、なんてことをときどき思う。

ひとりでテキストに向かい、原作者と文字上で対話する。

翻訳の過程で原作者に質問したりして、実際の会話をすることはあるかもしれない。もちろん、原作者が亡くなっている場合はリアルな会話も質問もできない。
結局はテキストをどのように料理していくのかは翻訳家の裁量に任されている。



現在日本語での翻訳出版を目指して翻訳全文チェックをしている作品に出会ったのは、1997年ごろだったと思う。ベッシー・ヘッドを追いかけてボツワナへ行ったのはその翌年だ。

ベッシー・ヘッド作品はいくつか日本語訳が出版されているが、この作品は日本語で出版されていない。当初、訳し始めたのはそんな理由が最初に来ていたのかもしれない。
なんせ、この美しい作品を「自分の言葉で日本のひとに読んでもらいたい」という思いと、ベッシー・ヘッドについて、自分が何者かになりたいという強い思いが先走っていた。

ちゃんと翻訳に取り組み始めたのは、2002年ごろだと思う。
スコットランドのエディンバラ大学アフリカ研究センターで修士論文をベッシー・ヘッドについて書いたのが2001年。
それから、日本で仕事をしながら図書館によく通っていたのを覚えている。
ジンバブエに赴任する前だ。

この本を自分で訳したい。

そう思い、コンベンション会社(同時通訳、技術翻訳、会議運営、通訳翻訳スクール運営)で働きながら、フェローアカデミーという翻訳スクールで文芸翻訳講座を受講した。
そして自分でも、翻訳者としていくつかの翻訳会社に登録し、少しだけビジネス翻訳の仕事もした。

それもこれも、ベッシー・ヘッド作品を出したいという気持ちがあったからだ。
このとき、この作品の翻訳はもうすでに9割がた終わっていた。


その後のわたしは仕事に振り回され、翻訳のことはずいぶん後回しになってしまった。
なかなか就くことのできなかった国際協力分野の仕事だが、開発コンサルのアシスタントに何とか引っ掛かり、そのお陰もあってか2005年に晴れてジンバブエに赴任することができた。

ジンバブエにいたおかげで、2007年のベッシー・ヘッド・フェストが開催されたときにボツワナには再訪したけれど、わたしのベッシー・ヘッド活動はまるで進むことはなかった。


そしてわたしはここ数年、再びこの作品の翻訳を仕上げる作業に取り組んでいる。


最近、気づいたことがある。


わたしはこの作品の翻訳を何度も何度も訳しなおしている。
お世話になっているベッシー・ヘッド研究者にも、驚かれたくらいだ。

この作品を出版したいと多くの出版社に相談し、有識者に相談し、シノプシス(企画書的な情報が盛り込まれたもの)を多くのひとに見せて話をした。

でも、わたしがこの作品の自分の翻訳を見せた人は、一部の編集者を除き、ほとんどいない。
多分、一人、だと思う。

わたしがしつこく自分のやりたいことについて語るのを、多くの人が応援してくれている。
それは本当にありがたいこと。

でも、実際にこの作品を読み、感動してくれたひとというのはほとんどいないわけだ。
この作品に、読み手として何を感じるのか。
そのことを肌で分かってくれたひとというのはいない。

とにかくわたしの熱量に対して温かい応援をしてくれるひとはいれど、わたしが求めているのは、そういうひとりひとりが、この作品についてパーソナルなレベルで感動してくれるということなのだ。

20年以上の時間をかけているのに、わたしはそれをまだやっていないのだ。
そのことに気づき、愕然とした。


テキストについて、この箇所のこの表現はどうか、アパルトヘイトに関するメタファーが恐ろしく鋭い、この孤独感よ、パンアフリカ主義と部族主義の闇よ、人種差別よ、ひとを愛すること、大地の美しさよ、植物の逞しさよ、植生の複雑さよ、そして日本語でどういえばしっくりくるの…

そいういう何百万もの要素について、誰とも細かに語り合ったことがない。
わたしはいつでも、ベッシーの書いたテキストとわたしだけで対話してきた。

もちろん、知見の深いベッシー・ヘッド研究者とテキストについて語り合うことはできる。
でも、それを日本語に置き換えたときどうなるのか、などの会話は、日本語ができるひとたちではないのでもちろんできない。

だから、わたしだけの裁量に任される。

翻訳というのは、孤独なんじゃないかなと思ったのだ。


わたしがこうしてワークインプログレスを書くことで、応援してくれるひとたちに感謝している。
でも本音としては、そのひとたちに本当にわたしが何をしているのか、どんな風に感動しているのかを伝えることがなかなかできないのが苦しい。

ずっと長い間孤独な作業をし続けていて、いつしかわたしは何も語らないことに慣れ過ぎてしまった。
誰ともシェアせずに、たったひとりの世界にこもることを、長年続けすぎてしまったのかもしれない。

文学はパーソナルなものだ。

noteにマガジンは書くけれど、実際はその作品をきちんと読んで個人的なレベルで読者として感動して初めて始まるものだ。

だから、わたしは自分の大切な人たちには、本当にこの本を読んでもらうことで伝えなくてはいけないんだなと思っている。

今日もせっせと翻訳チェック作業だ。本当に全文やり直している。
数時間やって、進捗は183ページ中の2ページだ。

そしてまた週末は終わり、フルタイムのコンサル仕事が始まる。



当初はおそらく少し年上か同年代くらいだったであろう登場人物の青年たちも、いつしか今のわたしより二回りくらいは若くなってしまった。

わたしが変わるとともに、自分の中でこの作品も変化を遂げている。


自分の大切な人たちに、そういう繊細な部分まで、伝えることができたらいいのに。
あのひとも、このひとも、わたしが翻訳をしていることは知っていて応援してくれていても、この作品がどんなものでどんな感動を覚えるのかということを知らないのだ。

そんなことを思っていると、無人島に長年ひとりで暮らしてせっせと美尻トレーニングしているみたいで、けっこう淋しい気持ちになった。


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↑作業疲れると自撮り遊びナww

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南アフリカの作家ベッシー・ヘッド(1937-1986)の紹介をライフワークとしています。
(詳しくはこちら)

■作品の翻訳出版に向けて奔走しています。
■作家ベッシー・ヘッドについてnoteで発信しています。
note「ベッシー・ヘッドとアフリカと」
note「雨雲のタイプライター|ベッシー・ヘッドの言葉たち」

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