気持ちの良い青空の日。

近所の運動場から運動会の音楽や歓声が聞こえてくる。
このご時世なので、数日に分けて実施しているらしく、連日聞こえてくるので音楽のパターンまで覚えてしまったくらいだ。

今日は、徒競走のピストルがひっきりなしに空に響き渡る。

わたしが小学生だった頃と、今でも同じスタイルなのだろうか。



子供のころ、もともと鈍臭いタイプなので体育の授業は心底苦痛だった。
特に走るというのは大の苦手だった。

だから、運動会で「徒競走」や「マラソン」があるのが、信じられないくらい心の重荷だったのだ。
まるで、世界の人間が全てこの拷問を乗り越えないとならないのだから、お前も耐えろと悪魔に言われているかのように血の気が引き、体が震えた。

もちろん、わたしはかけっこで良い成績を収めたことがない。

だから、どんどん「自分はダメなんだ」と思わせる「かけっこ」のある体育教育や運動会のシステムは苦痛以外の何物でもなかった。

数年前、フィンランドの校長先生が日本の小学校のマラソン大会を視察した動画が話題となった。
日本の校長先生は、順位を決めて上位の子を表彰するシステムを誇らしげに語ったが、フィンランドの校長先生は、それだと下位の子の自信を失わせてしまうという指摘をしたのだ。

上位の子には自信がつくかもしれないが、それはすなわち下位の子の自信を奪うことでもある。
それが日本の先生にはあまり通じていないようだった。

フィンランドの先生は、下位の子は運動が嫌いになってしまうかもしれないと指摘した。

わたしはこのフィンランドの校長先生の意見を聞いて、心がジワリとほぐれるように楽になった。

学校教育の枠にどうしてもはまれずに苦しかったわたしが、いちばん辛かったのは「かけっこの順位」だったかもしれない。
わたしは、「ダメ」なのだという強い思い込みと、ますますかけっこが辛くなってしまうというネガティブループに完全に陥っていた。

でも、だからといってわたしは体を動かすことが全て苦手だったかというとそうでもない。
6歳からクラシックバレエをやっていたし、授業以外で走ってみれば実はそれほど救いようもなく遅いことはない。

だが、学校というシステムの中でガチガチになって息もできずに生きていたわたしは、システムに合わせた徒競走という競技で緊張しすぎて、力を出すこともできずにいたのだと思う。
なんせ、「わたしはダメだ」と強烈に思い込んでいたから。


もういい大人になっているのに、このフィンランドの校長先生にこんなことを言ってもらえて、本当に嬉しかったのだ。

そう、わたしは「ダメ」なんかじゃないってこと。
別に「運動が嫌い」なわけじゃないってこと。

子どもの世界は本当に小さい。
だから、学校や家庭が「全て」になってしまう。

学校で押し付ける価値基準というものにはまらなければ、「ダメ」なのだと思い込んでしまう。


世界は広く、人はそれぞれ得意なことがちゃんとある。

そのことに、ちゃんと子どもの頃、気づかせてほしいなと思う。


毎日鳴り響く運動会の音楽や徒競走のピストルの音に、心の奥底に住んでいる小学生の私が強く萎縮するのがわかる。

この爽やかな青空の下、同じように萎縮している子どもがいるのではないかと思うと、そっとテレバシーを飛ばしてあげたくなるのだ。

あなたは「ダメ」じゃないよ、と。







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今日の日めくりカレンダー。「あたたかい夕飯が待っている日」

自分でタイマーでもかけない限りあたたかい夕飯は待っていない。
人材募集からはじめなくてはならない。



南アフリカの作家ベッシー・ヘッド(1937-1986)の紹介をライフワークとしています。
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■作品の翻訳出版に向けて奔走しています。
■作家ベッシー・ヘッドについてnoteで発信しています。
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