今朝も、少しずつだがベッシー・ヘッド作品の翻訳全文チェック。
ペース上げないとなと思いつつ。
noteもいいけど翻訳の方を早く仕上げて通しで編集者に見てもらいたい。
何度も見直しているはずの翻訳にブラッシュアップの余地が最低300%ずつくらいあって、永遠に楽しめる。

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作品を読んでいると、もちろんベッシーのそばにいるようで彼女の魂を感じているんだけれど。

最近、改めてすごいなと思うのは、読み返している(まだ読み終わっていない…)A Question of Powerのことだ。

この作品は自伝的小説なので、南アフリカでのアパルトヘイト下の「違法」出生からボツワナへ亡命した後の暮らしまで、かなり本当のベッシーの経験をもとに書かれている。

そこに、アメリカからきたTomという青年が出てくる。

何度も書いているけれど、この青年Tomは実在する人物。
本当にこの時代にボツワナにやってきて、農業ボランティアみたいな仕事をしている。

何よりも、この作品に出てくる陽気なキャラクターとしての青年Tomは、いきなり歌い出したり、人助けのために村を奔走したり、ベッシー宅に入り浸って手料理を食べまくったりするパワフルな人物。

そして、わたしがいまリアルにメールのやり取りをしている70代になったTomも、このキャラクター通りのエネルギー溢れる人物なのだ。

作品の中のElizabethはすなわちベッシーのことなのだが、10歳年下のこの青年を温かい目で見ているし、頼りにしているし、愛情を注いでいる。

そんな気持ちがわかるような、今でも天国の上からそんな眼差しを70代のTomに向かって注いでくれているような、そんな感じがするのだ。


そして何より、Tomは今でもとてもベッシーのことを大切に思っている。
愛に溢れている。

小説の中に出てくる青年と変わらないままの情熱ががんがん伝わってくる。

Tomがベッシーについて語るとき。
ベッシーと同じ48歳で亡くなったベッシーの一人息子ハワードについて語るとき。
(Tomは昔、カナダに来た若者ハワードの面倒を見てくれていたのだ)

その眼差しは、まだ本人が心の中に生きているということを強く感じさせる。


ひとは、魂が肉体を去ったあとも、誰かの心の中に生き続けるんだ。
わたしはそれを感じて、涙が出そうになる。

ハワードには二回会ったことがあるけれど、わたしはベッシー本人にもちろん会ったことがない。

でも、こうしてリアルに生きているTomやベッシーを直接知る人たちと話すことで、きっと彼らの心の中に生きているベッシーに会うことができているんだ。

そう思うと、本当にありがたくて胸が一杯になる。
奇跡的なことなんだなと思う。


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ひとは死んでも、誰かの心の中に生きているというのは、きっと本当のことなんだろう。


それを思いながら、60年代や70年代のベッシーの文章に触れつつ、そこにリアルにつながっている現実世界に生きているTomのことを思うのだ。

翻訳出版して、多くのひとともこの感触がつながりますように。



そしてまた、A Question of Powerのめちゃくちゃ面白い弾けるような若さのTomの様子に、わたしはにやにやしている。

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写真は今日の夕暮れ




南アフリカの作家ベッシー・ヘッド(1937-1986)の紹介をライフワークとしています。
(詳しくはこちら)

■作品の翻訳出版に向けて奔走しています。
■作家ベッシー・ヘッドについてnoteで発信しています。
note「ベッシー・ヘッドとアフリカと」
note「雨雲のタイプライター|ベッシー・ヘッドの言葉たち」

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