誰しも、心の中のある情景や昔の思い出、気持ちや空気感までもが蘇る音楽というものの一つや二つあるのではないのかなと思う。

少し日が経ってしまったのだけれど、4/20に行われたフジコ・ヘミングさんのソロコンサートへ行くことができた。

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初めて彼女のピアノを聴いたのは、彼女が一気にブレイクした20年ほど前のNHKか何かの番組の再放送だったと思う。

子どもの頃からピアノはとても好きで聴いていたけれど、こんな音が、こんな弾き方があるのか!!と番組で流れる彼女の演奏に衝撃を受けたのはよく覚えている。

それまで、お上品な上流階級的な「美しさ」と技巧の演奏しか知らなかったけれど、音楽とはこんなにも幅広く魂を込めて色を乗せられるものなのかと驚いた。

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(↑サントリーホール)

ひとつひとつの音に、とても濃くて深い魂の色が乗っている。
「色」なのだ。メロディや音符の流れではなく、濃い色がすべての音に乗っている。まるで分厚い油絵のような色たち。それがしかし、色の濃淡にかかわらず少し遅れて響いたり、一息早く響いたりしながら、深い重なりを紡いでいく。

それが、まさに彼女自身の魂であり、彼女の人生だと思う。

そこに聴く人の人生と魂が、途切れることなく重なってうねっていくのだと思う。


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ハンガリー狂詩曲は、CDで聴いていつもフジコ・ヘミングの人生そのものなのではないかと思っていた。

コンサートで聴いたとき、そこへ自分自身の過去の風景がビビッドに蘇ってくるのがわかった。
その風景は、ヨーロッパ。

20年ほど前に留学していたエディンバラの風景だ。

エディバラ大学の寮は古い歴史ある建物。その一室で、わたしはひとり、論文を書いている。
たくさんの学生たちが、皆それぞれ孤独だった。

たったひとり、自分自身の人生の風景と向き合わねばならないとき。

それぞれの曲で、それぞれの風景が浮かんできたのは、その時期によく聴いていたからなのかもしれない。
それはまるで、わたし自身の人生が記録され、重なり合う色の音たちとともに記憶のそこから次々に引き出されていくような感覚だった。

ひとり、ジンバブエのハラレのアパートにいる自分の姿も蘇ってきた。

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(↑めちゃくちゃ早くきてスタンバってた)


ライブ演奏で聴く音楽というのは、圧倒的に自分の心と体を染め上げてしまうような破壊力と優しさがある。どこにも逃げられない感覚。

最初から最後まで、すべての曲に涙が出てしまって大変でした。

なんて幸せな時間だったんだろう。

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フジコ・ヘミングさん。

わたしの人生に寄り添ってくれてありがとう。

また何度でも、コンサートに足を運びたいと思っている。

ものすごく泣くので、ひとりで。



このドキュメンタリーがお気に入りです。ほんとうに素敵です。




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