最近強く思うことのうち、一つだけをメモ的にここに書こうと思う。


会いたいひとには、会うべきだ。
伝えたいことは、伝えておくべきだ。

もう二度と会えず伝えられなくなることだってあるのだから。

本当はもっと早くベッシー・ヘッドに関するnoteマガジンの4本目を公開したかったのだけれど、ようやっと最後までラフな文章を書いてあとは全体精査(引用確認含む)作業をしている。



そこで今まで深く考えたことがなかったことに気づいた。

ベッシー・ヘッドは1937年生まれ、1986年に48歳で亡くなっている。
当たり前だけれど、わたしが彼女のことを知ってからすでに20数年が経っていて、日々どんどん時が過ぎ去っている。

丁寧に彼女の人生を辿って日本語の文章に落とし込んでいる(私なりの解釈も注意深く、リスペクト持って加えながら)と、ベッシーの人生の中でとてもゆかりがある人物たちもまた、亡くなっていることに気づく。

でも、1986年のベッシー本人が生きているときまでに彼女に会うことは無理だったけれど(わたしは普通の日本の小学生だったし)、彼女のゆかりの人物たちが亡くなったのはほんの数年前だったりする。

ベッシーの南アフリカ出国許可証を超特急で手配した詩人のPatrick Cullinanは2011年、ベッシーが世話になった活動家でジャーナリストのDennis Brutusは2009年、誰よりもずいぶん関係があった南アフリカの活動家でボツワナのセロウェ村でSwaneng Hill Schoolを開いたPatrick van Rensburg(彼がベッシーに与えた影響は絶大だった)は、なんと2017年に85歳で亡くなっているのだ。最近ではないですか。ああ!レンズバークに会うことはできたのではないだろうか。

わたし、きっと頑張ればこの人たちに会えただろう。
そして生きている人物の心の声に耳を傾け、リアルな生きていた頃のベッシーを感じることができたかもしれない。

ボツワナのセロウェだって、南アフリカだって行っているのに。

どうして会わなかったんだろうと思うと悲しくなってしまった。

泣いても泣ききれません。悔やんでも悔やみきれない。



だから、会いたい人には会うんです。

今でも、ボツワナや南アフリカに行けば彼女を直接知る人たちがたくさん存命だ。そして、もちろんみんな年をとる。どんどん年をとる。

二十何年も経ってようやくリアリティとなって迫ってきたような気がするけれど、わたしが自分のライフワークであるベッシーのことをもっともっと深く知り、感じ、自分の人生の中で表現していくためには、やはり生きている人にあっていくべきなのだ。

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↑これは、Patrick Cullinanが2005年になってやっと出版したベッシー・ヘッドとの手紙のやり取りと、彼女との付き合いを書いた本。
生々しいベッシーの言葉たちがたくさんある。きつい言葉で誰かを非難し、メンタルを病んでいる部分も多いし、ほんとうに美しくハッとさせられる表現も多い。(わたしは書簡のコピーももっているけど)



で、もうひとつ書きたいことがあったんだけど、長くなりそうなので詳しいことは別の機会にブログにメモっておきたい。


本当に当たり前のことだけれど、このことを忘れて日常が永遠に続くものと思っていないか?
ということを毎日自分に言い聞かせて生きていきたいとつくづく思った。

あと少しで4本目。

そして、肝心のベッシー・ヘッド小説の翻訳本の出版社探しはまだまだ続きます。
出版社情報求む!!
海外文学出すところ!!よろしくお願いします。


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