モノを減らしシンプルで身軽な暮らしをするというライフスタイルが時代の風潮となり、ミニマリストや断捨離が流行語のようにもてはやされるようになってからずいぶん経つ。

自分もモノを減らしてシンプルに生きたいと願っているが、誰しもぶつかる数ある壁のひとつは確実に「思い出のもの」の処分だろう。

この年末年始で両親宅にて自分の古い荷物を整理しようと思ったが、やはりその壁に阻まれて全く進まなかった。(レベルが高い作業だ)

その中でも、大きいモノのひとつに米ボールドウィン社製のアップライトピアノがある。

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わたしは恵まれた子どもだったとつくづく思うけれど、子どもの頃にはピアノ、バレエ、お習字、お絵かきまで習わせてもらっていた。

ピアノは確か6歳のときに習い始め、やがて自宅にはヤマハのアップライトピアノを買ってもらった。
当時はピアノを習っている子の自宅にピアノがあることは珍しいことではなかったけれど、それでも贅沢だとは思う。

1988年12月、わたしが12歳になる前の週に、私たち家族はアラスカ州アンカレジに引っ越した。わたしにとっては初めての海外、初めてのアメリカ暮らし、アメリカの学校だ。

我が家は「転勤族」で、わたしは小さな頃から引っ越して何度も転校していたのだが、さすがにヤマハのピアノまでは持っていくのは現実的ではなく、千葉に住む伯母に預かってもらった。

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アラスカに引っ越してしばらくして、両親がわたしのためにアップライトピアノを買ってくれた。
それが、ボールドウィンだった。

わたしはアラスカの広い家でもこのピアノを弾き、楽しむことができるようになった。
ピアノの先生にも少しだけ習った。

ボールドウィンのピアノは茶色でシンプルだがほんの少しだけ装飾性があり、しかも高さが120センチ程度しかない。

実を言うと、日本のヤマハに対しては子どもながらに少し心の距離があった。

ヤマハの音はとても綺麗で正しく美しかった。そして鍵盤がやたらと重かった。
黒光りするボディは高級感をここぞとばかりに主張し、鍵盤もピカピカで完璧、そしてアップライトの背の高さからは威圧感さえ感じられた。
まるで、規則正しいバイエルかソナチネを、一音も間違えず譜面通り正しく弾くためにあるようなツンとお高く止まったような風情は、今思うとわたしのように実はあまり真面目でないピアノ生徒にとっては少しtoo muchだったのかもしれない。

昔の日本では、この高級感と完璧さ、間違いを許さない正しさみたいなものがもてはやされたのだろう。

アメリカのボールドウィンのピアノは、少し荒い音の響がした。
かえってそれが、わたしにはホッとするような音だった。見た目の威圧感もなくカジュアルだった。

ヤマハが蝶ネクタイに黒い燕尾服でツンと済ました正統派おぼっちゃまだとすれば、ボールドウィンはTシャツにジーンズ姿の遊び友だちだ。

wikiによると、ボールドウィン社は19世紀アメリカのオハイオ州シンシナティで創設された歴史ある会社で、1891年からアップライトピアノを製造販売していたという。第二次大戦中には航空機の合板製部品を製造し、その技術を役立てながら、戦後にピアノの販売を再開。1946年には初めての電気ピアノも発売したそうだ。

現在は、ギブソン・ギター・コーポレーションの子会社となり、ピアノの米国内製造販売は2008年に終了したという。(中国に工場はあるそうだ)


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2年と少しのアラスカ生活を終えた我が家は日本に帰り、ボールドウィンのピアノも船便で一緒に連れて帰った。

そのあとさらに引っ越しをしているのだが、このピアノはまだ我が家の一員である。

もう購入してから30年以上。こまめな調律をしていなかったせいだけれど、非常に状態が悪い。
音の歪みがひどく、フェルトが剥がれてきて出ないキーすらある。

それでも、わたしはピアニストにこそならなかったけれど、このピアノは心のお友だちでいつもそばにいた。つらいときに、泣きながら弾いた時もあった。

高校三年生の時は、合唱コンクールの伴奏という実力以上の大役をもらい、ビクビクしながら泣きながらもこのボールドウィンで練習した。(「親知らず子知らず」というピアノが美しい合唱曲だ)

最近、父がピアノ調律のできるひと(現役調律師ではないらしいが)に見せたところ、この状態はそう簡単になおるものではないと見放されてしまったという話をきいた。

そこで、何を思ったか父は調律の道具をネットで入手し、自ら調律を始めたらしい。

ピアノの調律など、プロの職人の世界だ。

ちょうど、NHKでショパンコンクールのピアノ調律師の番組の再放送が流れていて家族で見入ってしまったのだが、あの番組にあるくらい緻密で繊細な厳しい世界だ。

それでも、アラスカからわざわざ持ち帰ったボールドウィンの蓋を開け、弦を締めたり緩めたり、音のズレを面白がったりしている父はとても楽しそうだ。

だから、プロの調律師を頼むよりも、まずは好きなだけ父に楽しんでもらえばいいのではないかなと思っている。


モノには、そこに積み重なった思いと時間がそのまま染み込んでいる。
それはお金で買える価値ではもちろんない。
わたしの中でも、たくさんの思い出とともにボールドウィンは確実に住み着いている。

このお正月に、もう手放してもいいのではと両親に言ったが、心の中ではなかなかそれが難しいであろうことも知っている。

いつか、手放せるときは来るのかもしれないけれど。

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肝心の我が家のボールドウィンの写真を撮るのを忘れたので、写真素材サイトのbaldwinとアラスカの写真。

そしてこのお家が私たち家族が暮らした家。(Google Earthから持ってきましたすみません)

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