大学生のころ、初めて「国際協力」の勉強をし始めた

きっかけは、
どうしてもゼミを選ばなくてはいけないから
という消極的な理由から、
まったくアフリカのことに関心もないまま選んだ
アフリカ研究のゼミだ


師匠は、一言ではとても言い表せない
飛び抜けて変わったひとだった
面白すぎて、突拍子もなさすぎて
20年以上経った今でも
思い出し笑いをさせてくれる

元国連職員で、仏語圏アフリカで長く仕事し、
少し古い時代からのアフリカを知っているひとだ

たくさんの面白おかしい
伝説的言動(やばいものが多い)以外にも
心に深く刻まれていることばがいくつもある

ホワイトボードに大きく書いた二つのことば

「国際交流」→「人際交流」

国際交流が国と国との交流、
ひいては国をバックグラウンドにした個人の交流であるなら、
人際交流は、人と人との交流、つながりのことなのだ

これは、
その後、アフリカにずっと関わり
やがて国際協力の世界に関わっていく
(そう望んでいたわけでは必ずしもなかったのだけれど)
自分のプロフェショナル人生の中で
事あるごとに思い出された言葉だ

国際協力を「支援」と考えると
時に苦しくなる

結局は、国と国は人と人との繋がり

個人としての「人際交流」なのだから


今、これほどまで世界中を巻き込む
大きな非常事態に陥るなど想像もしていなかったけれど

この社会の中で、人々の間に
少しずつ分断が広がってくることがとても恐ろしい

国への差別、職業への差別、特定の属性の人々への差別

こうしたものが、皆で協力して
生き延びなくてはいけない世界の中で
溝をつくりだし、
命だけでなく心までも蝕んでいく


国や民族、職業、属性、社会制度(結婚とか)を
人格と結びつけること、
そして、差別や怒り、嫌悪の感情を抱くことは
とても恐ろしいこと

そこから「人」が見えなくなってしまうからだ


今、とても強く
この「人際交流」という言葉を思い出す

国際協力の世界だけでない

身近な国内の付き合いにおいても、
特定の社会属性的な何かを持ち出し、
人格を否定し、差別していないだろうか

これが有る限り、
人間の社会はいつでも壊滅する危機にあるんだと思っている

このコロナ禍で、
そのことを強く感じているこのごろ、
師匠のことをよく思い出す

あのひとと出会わなければ
アフリカと生きていくこともなかったなぁ
と思いながら




IMG_8418

↑ザンジバルにて

==
■ Amelia Oriental Dance (Facebookpage)
■ 『心と身体を温めるリラックス・ベリーダンス』
■ 『ベリーダンサーのためのバレエ・エッセンス』
■ The Rhythm of Sunrise 〜ベリーダンサーAmeliaラジオ〜
■ Rupurara Moonアフリカンビーズ&クラフト
 Rupurara Moon African Beads & Crafts
 










にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ にほんブログ村 演劇・ダンスブログ ベリーダンスへ