子どものころから
違和感があった言葉に「親友」というものがある

誰それちゃんは親友
わたしの親友は〇人いるの

大人でもそういう言葉をつかうひとは、
まあ、たくさんいるんだけれど

わたしは今でもその言葉の意味がよく分からない

何をしたら親友で
何をしなかったら親友じゃないの?

その「定義づけ」ってなんだ?
人と人との関係に、「定義」ってありうるんだろうか

子どものころからあちこちに引っ越してきた自分には
長く続く「お友達」はいないからだろうか

親友、恋人、夫婦、家族

それらの定義づけって、
後付けの呼び名なんだろうなと思っている。
言って、安心するためのものでもある

そういう後付けのステータスって
あるひとつの社会生活のための目安に過ぎないのであって
本当は個人と個人のつながりにおいて
あんまり意味がないんじゃないかと。

親友だから、家族だからこうしなきゃならない
なんてものはない

アフリカ行くと
ブラザーとかシスターとか、
イトコだなんだって、たぶん厳密な定義なんかないよ、たいていは
ぜんぜん血縁関係じゃないとか普通だし

人間関係って
伸び縮みするものなんだよ
とわたしは思っている

近いから大切
遠いから心が離れている
そういうことじゃないんだ

命と命がこの地球上、この世界で出会い、
時を過ごし、気持ちや言葉を交わし
何かの思いを分かち合い、触れ合う

そんな関係性に名前なんていらないし、
出会うということのすばらしさに感動しかない。
ほんと感動しかありませんよ。

そしてそれは、
そのひとと自分だけの、たった一つの関係性なんだ

名前なんかない。あなたとわたし。You & Meだ

だからこそかけがえのないくらい大切なんだよ

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ひとつ尾道で書き忘れたことがあったけれど、
千光寺に続く細くて風情ある坂道で
尾道に住んでいるという年配のご夫婦(たぶん)に会った

声をかけてくれて
お話しながらしばらく歩いた
いくつかのお寺の由来の物語も歩きながら教えてくれた

これもまた、
自分の人生の中で少しだけきらりと光る出会いなんだ

名前も知らないひとであっても
それは感動と感謝しかない

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そういえば余談だけれど、
わたしは飛行機の機内誌がとても好きで
いつも楽しみにしている

広島へ行くANAの機内誌に
こんな言葉があった

「人と人が優しさをもって接した時にも
 熱は生まれることを知った」


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