最近気になっていたジンバブエドル廃止を巡る日本語メディアの報道について、思うことを記しておきたい。

このところ、「100兆ジンバブエドル!?すごい〜!」(注:外貨導入前の最高額「紙幣」)という論調がたくさん出ているが、かなり引っかかるので。


驚異のハイパーインフレーションを経験したジンバブエは2009年に外貨を解禁することによって実質的にハイパーインフレーションの異常な状態を収束させた。

それ以降、経済は「米ドル」や「ユーロ」、南アの「ランド」を中心とした外貨で回っている。

ジンバブエドルを復活させるという話は、それ以降も何度も上がっているが、それは実現していない。

そのジンバブエドルを政府が正式に廃止するというアナウンスメントをしたらしい。

関連記事はこちら。

Zimbabwe: Country's Dollar to Be Taken Out of Circulation

Zimbabwe's government has announced it will officially discard the Zimbabwean dollar. Hyper-inflation had rendered it near worthless, making the US dollar the most widely used currency.

The central bank said virtually worthless Zimbabwean dollars will have to be exchanged for US dollars from next Monday.

The bank says account holders with balances of up to 175 quadrillion Zimbabwean dollars will be paid 5 US dollars (4.45 euros). Those with balances above 175 quadrillion dollars will be paid at an exchange rate of $1 to 35 quadrillion Zimbabwean dollars. Customers have until September to exchange their notes.


"Quadrillion"って、1000兆…。 (; ̄Д ̄)
それが5米ドルって、さすがにそういうの久しぶり。


もうジンバブエドルは実質的に使われていなかったから、そういう感覚を少し忘れていた。

たしかに、わたしが滞在していた当時(2007年まで)ですら、毎日札束を持ち歩いていたから、その後インフレがますます悪化してからは、もっともっと大変だったのだと思う。



もう一本だけ関連記事。

Zimbabwe to Phase Out Worthless Local Dollar


zimbabwean-dollars


上記の一本目の記事はかなりバイアスかかっているというか、すごくひっかかる表現の仕方をしているが、日本語で見られるメディアも似たような書き方をしているところが多いように見受けられる。

たしかに「100兆ジンバブエドル札」なんてすごいし(厳密には、紙幣ではなくベアラーチェック=持参人払小切手 )、その価値がほとんどなかったという当時の経済状況もすごい。

ただ、それを単に面白おかしく語っているメディアがやっぱり多いように思う。

ハイパーインフレーションを生き抜いた人々の生活の大変さなどへの思いをはせるということよりも、それが「面白い」ということに重点が置かれているような気がしてならない。

それは、「他人事」であり距離感があり、深い関心がないからそのような「面白おかしい」書き方が成り立つということなのだと思う。

そして、受け取る側にも同じような距離感が無意識的に押し付けられているようにさえ感じる。

それを「客観性」と呼ぶのか、「無関心」と呼ぶのかは微妙な問題だと思う。


ある特定のスタンスをとった時点で、そこに厳密な客観性はないと思うし、その意味ではメディアというのは客観的なふりをしつつも何らかの「主観的なもの」が入っているトリッキーなものだと思う。

第一、特定の主権国家を「独裁国家」、国家元首を「独裁者」と呼ぶ時点でそこにはすでにバイアスがかかっている。


そして、メディアが面白おかしく語るために、例えば内戦やひどいテロリズム、事件ばかりをフィーチャーして、まるでアフリカ大陸が災厄のデパート(某ジャーナリストの言葉を拝借)であるかのようなイメージを付けられてしまう。


「消費者がそのようなストーリーを求めるから」という考え方には懐疑的だ。

消費者って、そこまで深く考えないでなんとなくメディアで言われていることを読んだり聞いたりしていることがほとんどであろう。
そしてメディアは、「深く考えるきっかけ」となる問題提起を十分することなく、「わかりやすいストーリー」を仕立ててしまっているように感じる。



消費者は、ある意味「無関心」であり、メディアもまた「無関心」なのではないだろうか。


だからこそ、そのような記事が書けるのではないだろうかとさえ思う。


それを悪い悪いと短絡的に批判できるほど物事は単純ではないけれど、そのような状況をとても残念に思っている。


036-edited



わたしはオンラインでこのように発信し始めて15年目に入るけれど、個人のブログでは声を広めることはなかなか簡単ではない。

以前、職場の上司に「ブログに書くんじゃなくて論文を書きなさい」といわれたことがある。
(まだ書いてない('A`|||))

やっぱり、書籍であったり、どこかの媒体への投稿であったり、何らかの形で発信をしていければと思っている。

あくまでも、「客観性」ではなく、良い意味での探求心と主観をもって、自分の心に感じることを深い関心をもって文章にしたいと常々感じている。



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