作家ベッシー・ヘッドについては、わたしはたぶん、やらなくてはならないことがあると思う。

彼女の文章に出会ったのは90年代後半のことだから、もうかれこれ15年くらい経つのだけれど、自分自身もいろんな経験を経て、最近、ベッシー・ヘッドに対する感覚が何やら熟成されてきたように感じている。


(ベッシー・ヘッドについては、メインサイトのページをご覧ください)


たぶん、4月から仕事環境が変わる。

Rupurara Moonは、どんな形にせよ少しずつ実店舗化を進めていきたいと思っている。
何年もかかると思うけれど、いずれは理想の店舗を東京で構えられればいいと思うけれど、たぶんわたしはずっとそこにはいないだろう。
大きな店舗を持つことにも興味はないから、たぶん、少しずつ理想の形になっていくんだろうと思う。



今のところ、主たる収入には残念ながらなりえないので、また収入となる仕事をしながら自分自身の大切なプロジェクトを続けていくことになる。

これまで翻訳の仕事はときおり請けてきたし、講演や記事の執筆やリサーチ、ギャラリー展やイベント出店など、ともかく看板を立てられる色んなことをまた整理して再開していくべきなのだと思っている。



そうしたらふと、ベッシー・ヘッドのことばの翻訳について、強い思いがよみがえってしまった。
ここ数日、何故か急に湧き上がってきたその思いはとても強い。


あのうつくしい言葉たちを、日本語にして出版したいと、大学生のころから思い続けていて今に至る。



アパルトヘイト下の南アに生まれて、ボツワナに生きた彼女の小説、うつくしい文章、たくさんの手紙たち。
出版もされずに眠っているスクリプトのコピーが、けっこう私の部屋にもある。
(注: 昔、大学生のころ合法的に入手しました。念のため)


ボツワナのセロウェ村。明け方のひんやりした空気。鳥のさえずり。
ベッシーの好きな時間帯は、早朝だった。

いつも明け方まで起きているとき、必ずこの言葉が胸によみがえる。

なんとなく機が熟してきたのかもしれないな、と思っている。


たぶん、個人として、わたしはベッシーに対して不思議で特別な感情を持っている。
これはなんとも表現しがたいもの。
でも、彼女の文章をわたしの母国語に落とし込むことによって、それは明確に表れると確信している。


だから、訳そうと思う。


出版翻訳、やっている会社募集。




彼女のペーパーバック。
何冊かの小説は日本語になっているけれど、わたし自身の手で訳したいものもある。

この本たち、大学生のころからずっとわたしと一緒にいます。
何度もアフリカを往復してます。(!)




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