844e6490.JPG土曜日の解散総会で、無事、当初の予定通りTICAD市民社会フォーラムは3月末を持って解散となった。もともと、TICAD IVを目指して活動していた団体だったのだ。


いまでも、思い出す。

TICAD IIIの前の日、集まっていたアフリカからのNGOとのシンポジウムで、彼らは怒っていた。

いつもTICADの直前になって呼び出され、そのときにはもう議題も何もかもが決まっている。そして市民社会はオブザーバー。これでは、まったく自分たちの意見が反映されないし、いちばん日本の援助の影響を受ける貧困層の声が全く届かない。
TICADにはフォローアップのシステムがない!

外務省のTICADのページを見ると、TICADの成果は「どれだけ国際会議として大きな規模で成功をおさめたか」が書かれている。何人の閣僚を呼んだところで、いちばん大切なはずのアフリカと日本の人々の声が届いていない。これが普通だった。

そして、前回の会議の結果が引き継がれないまま新しいTICADが始まっていた。また同じことの繰り返し。


そんななか、アフリカNGOたちの声に一部の日本のひとたちが応えて始まったのが、TICAD市民社会フォーラムだった。

代表は、大林龍谷大学教授。

よく、大学の先生が始めたNGOだから、なんていう誤解があるが、それは違う。
TICAD市民社会フォーラムは、もともとNGOのネットワークから生まれた。そして、そこには、研究者、コンサル、学生、民間企業、その他NGO、JICA、JBIC、外務省のひとまでもが絡んでいた。

このことは非常に重要だ。

そして、やがて、数々の驚くべき実績を作った。
どこよりも、TICADに関して知見があり情報があったのはTICAD市民社会フォーラムだったと、わたしは断言する。
そして、アフリカNGOたちによるアフリカNGOのネットワーク「アフリカ市民委員会」を、つまり彼らのイニシアティブをファシリテートした。

このことがどれだけ重要かわかるだろうか。

これまで、勝手に外務省が選んだアフリカNGOが突然、内容もすでに決まったTICADに呼ばれていた。しかも、TICAD IVにいたっては、呼んでおきながら最初、本会合への入場パスもほんの少ししか出さなかった。NGOは何十団体とあるのに、「ひとつ」と数えられていたのだ。いままでの数々の対話があったのに。

このことがメディアに大きく取り上げられた。NGOのことは話題になった。

こういう数々の出来事が、これまでの流れを崩しつつあった。


もちろん、わたしもいわゆる「官」の世界で仕事したりもしているけど、我々NGOのことをはっきりと「敵」とまで言うひとだっている。なかなか変わるものではないことは十分わかっている。

でも、五年前と比べてどうだろう。

解散総会には、外務省の国際協力局長や、アフリカ二課の事務官、アフリカ各国の大使などの姿も見えた。

こんなことは、以前は考えられなかったのではないだろうか。

TICAD市民社会フォーラムの成果はサイトに詳しいのでそちらに譲るとして、ともかく、涙が出るほど感慨深い。

そして、ネットワーキング機能、アドボカシー機能、研究機能などはそれぞれ別の形で別の団体に引き継がれていく。

泣いたり、笑ったり、徹夜したり、走り回ったり、怒ったり、憎らしかったり、感動したり、あらゆる手を打とうと皆が努力・奔走した五年間が過ぎ、また新しい時代が始まるのだ。



2004年、小さく始まったTICAD市民社会フォーラム。

広報チームのメンバーで東京のアフリカンレストランに集まりながら、新しい団体のロゴをどれにするか決めた。

tcsf_logo

これは、じつは、わたしのデザインなんです。


このロゴのもとで、すごくすごく成長した団体。
驚くべきことを成し遂げましたし、これからまだまだたーっくさんの課題があります。

でも、ちょっぴり誇らしい。

やめないで、と色んなひとたちから惜しまれながら、たくさんのドラマが詰め込まれたこのロゴの役目はおしまいです。あふりかくじらとしても、なんだか感慨深い。



ケーキの写真、勝手につかわしてもらっちゃった、ごめん。>事務局


TICADのフォローアップ会議は、今月、来月と予定通りあるみたい。
まだまだこちらの仕事もたくさんあります。

がんばろーう。

↓最後まで読んでくださりサンキューです。

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