夜中になってしまった。
なんだか色んなことをやっている。すごく慌しい。でも大事な「整理週間」だ。

皆さん、いかがお過ごし?
くじら、腰が痛いです。ごろりと横になり、ひねってみてます。

本日、「社会起業家を育てる大学教育と社会起業家研究」という東京工業大学主宰のシンポジウムに行った。人数100人くらい?なんだか小さな会場過ぎて、キャンセル待ちになるくらいだったらしい。

たまたま現在の所属先のひとが来ていたので、第一部のみで退席したわたし(現在は、発表会に向け修行中だし)としては、彼が第二部について教えてくれるのを期待しつつ。

プレゼンは、IESEという研究機関のメイヤー教授というひとと、ご存知バングラデシュの巨大なNGO・BRACを創設したファズレ・ハサン・アベッド氏。

社会起業家ということばは最近、すごく流行りだ。
でも、確かにそのようなことをしているひとって昔からいた。ビジネスを通して社会貢献をすること。会社の存在意義は「人々のために貢献すること」みたいなフィロソフィーでいる会社もあるしね。(「株主のため」とは違うね)

社会的価値と経済的価値は一見対立するようだけれど、経済的価値は社会的価値が無ければある程度以上のラインを達成できないものだ、というようなその教授の発言には同感。



以前、暗黙知と形式知について書いたけれど、CSRやBOPビジネスなどのように、このニッポンでどんどん「社会起業家」ということばが暴走し、プロモーションに使われ、だんだん歪んだ意味がついてしまって、変な言語化が行われてしまったら・・・というような危機感を覚えてしまった。

日本の文化って、けっこうそういうのが好きだ。
流行とかね。
「ロハス」っていうことばの例を見てみてもよくわかる。「スローフード」なんかもね。
イタリアの食材食べればスローフード、みたいなことになっていったよね。


マイクロファイナンス・インターナショナル・コーポレーションの栃迫氏が、自分を「社会起業家」と思ってはじめたビジネスではないし、その名前で呼ばれると変な感じがする、という気持ち、なんか想像がつく。


人間、簡単でわかりやすい名前をつけてしまって、「理解した」と安心してしまうイキモノなのかもしれない。わたしが作家ベッシー・ヘッドの名前を出しただけで「文学研究者」と呼んでくるひとみたいにね。(毒?トゲ?)

オバマ氏を「黒人」と言うというのも似てるかもね。


自分も、反省しないと。

名前をつけて、わかったつもりにならないように。



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