いま、自分のことをすごく考えるきっかけがあって、心のなかを整理する「整理週間」なので、ちょっと気になっていることだけを書く。核心は書かん。


オバマ米大統領が就任した。

「黒人」初の大統領と言う呼び方で、あちこちのメディアにわんさか書かれている。
その「黒人」という言い方に違和感があるということを、わたしは以前書いたと思う。

別に誰かのことを悪く言うわけではないので、面倒くさいコメント等を返してほしくはないんだけれど。

オバマ氏の父親はケニアの政治家だったんだよね、確か。
そして母親はカンザス出身のスウェーデン系だったよね。
ハワイやインドネシアで育っているわけだ。

ハワイはマイノリティのカルチャーでインドネシアも民族的に複雑だし、自分自身も両親が違うところから来ている。彼のアイデンティティは複雑なはずだ、とわたしは以前書いたはず。


オバマ氏と同じく、父親がアフリカ系で母親がヨーロッパ系の作家ベッシー・ヘッドは、南アフリカではアパルトヘイトによって作り出された「カラード」という人種カテゴリだ。つまり「ブラック」の中には入れなかった。

もちろん人種主義下の南アフリカの状況は大きく違う。
けど、ここが忘れてはいけない重要な点だと思う。

ベッシー自身は、ANCから分離独立して急進的だったPACに傾倒した。正確には、PACという政党を率いていたひとりのロバート・ソブクウェの考え方に傾倒していたわけだけれど。1960年代。アパルトヘイト真っ只中で、非白人のパス帳(身分証明書)携帯義務という法律(パス法)に反対したPACのデモで、多くのひとが当局の無差別発砲の犠牲となってしまった。

PACは当初、アパルトヘイトとの戦いを「アフリカ人(ここでは黒人)」だけのものとしていた。だが、やがてアジア人やカラードもそこに入れるようになった。それがベッシーにしてみれば重大なことだった。

当時、アパルトヘイトが激しかったころ、カラードというだけで、彼らを嫌う「黒人」のひともいた。ベッシーのことを、「カラード」だから嫌うというひともいた。

そこが、アイデンティティという点において非常に重要なのだ。

自分は白人でも、黒人でもない。誰なのか、と。

彼女は、そういうことを繰り返し書いた。
もちろん、自分を「ブラック」にカテゴライズする記述もあった。でも「カラード」に入れる記述ももちろんたくさんある。カラードに対する独特の差別もある。


バラク・オバマ氏は、黒人と白人の間に生まれたひとなのに、どうして「白人」ではなく「黒人」と言われるのか。わたしにはそこが疑問だ。
黒っぽいひとは、みんな黒人なの?

人種問題がものすごく根深いアメリカのこと(もちろん、わたしもティーンエージャーだったころをアメリカで過ごしていていろんな人種問題を感じたことがある)、肌の色なんかはどうしても注目される。


それでも、オバマ氏のような育ち方をして、複雑なアイデンティティを持ち、いろんな国のことを見たひとは、自分のことを黒人とは言わないんじゃないだろうか。

「リベラルのアメリカも保守のアメリカもなく、ただ“アメリカ合衆国”があるだけだ。ブラックのアメリカもホワイトのアメリカもラティーノのアメリカもアジア人のアメリカもなく、ただ“アメリカ合衆国”があるだけだ」


・・・っていう発言があるね。

人種に関係なく、皆アメリカ人だと、よく言っているよね。

それが何故だか、わたしには感じられる気がする。

ベッシーに通じるものがあるんですよ。


日本では、人種問題にひときわ疎いひとが多いのかもしれない。
大統領の肌が黒いということが、多くの人にはちょっとインパクトが強すぎるのかもしれない。

だから「黒人」と名づけて安心してしまうのかもしれない。

でも、その「黒人」というひとことの下に、どれだけたくさんのものを隠してしまうのか。

その辺を考えてほしいなと思う。


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