『あふりかくじらの自由時間』

南アフリカ・ボツワナの作家「ベッシー・ヘッド」の紹介をライフワークにしています。アフリカのこと、ベリーダンスのこと、日々のこと、旅のことなどを綴っています。

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Hitomi Yokoyama / Amelia / あふりかくじら
南アフリカ・ボツワナの作家「ベッシー・ヘッド」の紹介をライフワークにしています。
詳しくは⇒ 『【BHの命日35年に寄せて】セロウェの夜明け〜作家ベッシー・ヘッドと出会ってから今までのこと』

■国際協力コンサルタント
ベリーダンサーAmelia
■著書『セロウェの夜明け、鳥の声を聴いた』
『Rupurara Moonアフリカンビーズ&クラフト』
メインサイト『あふりかくじらの自由時間』

更新情報

このところの政治情勢や、排外主義的な世論の広がりのせいで、どんよりとした気分が続いている。けれど、いちばん悲しいのは、身近なひと、しかも意外なひとから発せられる排外主義的な言葉だ。ショックだし、正直に言えばかなり落ち込む。それでも、嘆いているだけでは済ま
『それは遠い国の話だろうか――排外主義とアパルトヘイト』の画像

学校図書館関係者の定例会にお招きいただき、雨雲出版や『雨雲の集まるとき』に関する講演をさせていただいた。ベッシーさんや作品背景、アパルトヘイトや差別の深い話はもちろん、わたし自身の翻訳出版への道やアフリカ関係のキャリア、開発コンサルのお仕事、会社を離れて
『雨雲出版が学校図書館を支える人たちに伝えたかったこと ——「本と出会う」という時間』の画像

 今年に入ってまだ二週間ほど。アメリカから信じられないようなニュースが次々と届く中、国内の政治情勢もまた暗澹たる気持ちにさせてくれる。超党派議員団がイスラエルを訪れた。「安全保障政策」を考えるうえで最新兵器の技術を保有する同国政府の招待で訪問し首相と面会
『どちらを向いている政治か――他人事という無関心が生む加担の構造』の画像

現代社会は情報にあふれ、人は日々、膨大な選択を迫られている。 本の世界も例外ではない。毎日平均して約200点もの新刊が生まれる日本では、日々市場に本が埋もれていく。自分が読める冊数などほんのわずかだ。そんな過密な出版環境の中で、一冊の本が読者に届くまでの道の
『一冊をリスペクトする、という立場 ――名前を預かるということ』の画像

日々、不穏な世界情勢で心を痛めるニュースばかりですが、自分ができることを淡々とやり続けて進化していこうと思います。2026年の雨雲出版は、主に以下の仕事を予定しています。■【新刊】ベッシー・ヘッド作品の翻訳出版現在、『雨雲の集まるとき』に次いで未訳のヘッド作
『2026年とその先の雨雲出版の仕事について』の画像

作家ベッシー・ヘッドのエッセイに「静かなる辺境地からの覚え書き(Notes from a quiet backwater)」という作品がある。私には静かなる辺境地が必要だ。まるで地上にかろうじて生き、人生を慎重に、小さな道筋を踏みしめながら歩む暮らしの感覚である。私の作品はすべて、こ
『静かなる辺境地から、その先へ ——ベッシー・ヘッドと雨雲出版』の画像

少し日が経ってしまいましたが。今年のお誕生日は特別な日でした。ベリーダンスの師匠とお誕生日が近いので、毎年のことながらイベントと重なったときはあまり大きく言わないようにしているのだけれど、ショーが終わったタイミングでようやくこのことを書こうかと思います。
『新しいフェーズへ〜Ameliaとして踊ってきた意味』の画像

星野道夫さんの視線を通したアラスカの風景に触れたいと、ふと思うことがある。 心惹かれて手に取ったものの、大切に読もうと思うあまり積読になっていた星野道夫さんの『旅をする木』というエッセイ集を、味わうように惜しみながら読んだ。読み終えてしまうのがもったいなく
『心に棲むアラスカの風景――星野道夫『旅をする木』のまなざし』の画像

ボツワナへ亡命してまだ間もない1960年代、まだ『雨雲の集まるとき』を書く前、農村の人々についてベッシー・ヘッドが書いたエッセイの中に、こういうくだりがある。貧困はアフリカに住みついている――まるで静かな第二の皮膚のように。おそらく地球上で唯一、無意識の尊厳
『村の人々』の画像

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