日曜日、池袋の「古代オリエント博物館」の特別展示を観に行った。

『Art of Communication: カンガ、主張する布』と題された(このタイトル、センス良くて好き)は非常に興味深いものだった。

カンガとは、ご存知、東アフリカで女性の衣服をはじめ実に様々な用途のあるカラフルなプリント布。
カンガセイイングと言われるスワヒリ語のことわざが書かれ、ことばだけでなく模様にもいろんな意味がある。

110cm×160cmの大きさ。

19世紀後半、東アフリカ沿岸のスワヒリ社会の生活文化の一つとしてその着用が始まり、その後20世紀以降、広く一般に愛用されるようになりました。

カンガの特徴は、その使い勝手の良さのほかに、もう一つ、カンガならではの大きな特徴があります。それはカンガの中央にプリントされている「カンガセイイング」です。カンガセイイングには、昔からのスワヒリのことわざや、人生の教訓、愛のメッセージなどいろいろな言葉があります。 女性たちは、自分の気持ちや考えをとくに主張したいとき、その気持ちにぴったりのカンガセイイングの書かれたカンガを着たり、贈ることでさりげなく自己主張します。 カンガを腰に巻くと、ちょうどカンガセイイングの部分が足首の後ろにくるため、他人は後ろからその文字を読むことができるというわけです。 現地では、カンガのデザインよりもカンガセイイングの意味の方が、カンガを選ぶときに重要視されています。  〜 ポレポレオフィスより (この展示の企画者) 
 

アフリカンプリントは、もともとジャワ更紗やインド更紗などを模倣してヨーロッパなどで作られるようになり、アフリカに大量に輸出されていった、とは、先日読んでいた『パーニュの文化誌』にも書かれていたこと。

今ではアフリカンファッションの象徴みたいなものなのだけれどね。

いちばん興味深かったのは、日本で生産されていたカンガのこと。

1935年ごろ、カンガはイギリスとオランダがそのほとんどを生産していたのに、60年代になると日本が90%を占めるようになったとは驚き。

展示の説明によると、大阪の西澤八三郎商店(現:西澤株式会社)が1928年から輸出、太平洋戦争のときに一時中断したが、1947年に東アフリカへ輸出再開したとのこと。
他に、カンガを生産していたのは、昭南工業、大同染工、大阪染工、東洋紡績など、だそうだ。

これらの工場でできたカンガが、日綿実業(ニチメン、現双日)などを通じて輸出されたらしい。

その後、ケニアやタンザニアの独立後に国内生産が発展していって、日本からの輸出はなくなっていったらしい。

実に9割を日本製が占めていたとは、ほんとうにすごいと思う。
こんな遠い日本で作られたものなのに。
そして、アフリカとは切っても切れない深い縁がこういうところにもあったのだなぁ。

関西地方の繊維産業についてはあまり詳しくないのでその歴史的背景を知らないのだけれど、1930年代初め、大阪商船が南アフリカへの定期航路を開いたときに、南アフリカへ羊毛の買い付けにいった日本の繊維産業のひとたちがいた。

その中のひとりが、当時の愛知県にいたわたしの曾祖父であったということを知ったのは、わたし自身が南アフリカに行くようになってからずいぶんあとのこと。

曾祖父であれば、このカンガの生産と輸出にも関わっていたのかもしれないなぁと思う。
もちろん、1950年代ごろに亡くなっていて、ちょっとおしゃれなスーツを身に着けた古い写真でしかしらないのだけれど。

日常的に見かける布一つとっても、これだけたくさんの歴史があり、文化的背景があり、経済的背景があるのだなと思うとなんだかとても感慨深い。


ちなみに、アフリカの女性がカンガを身に着けるようになった背景には、奴隷制度が廃止されたということもあるようだ。つまり、「主張する布」

カンガは、スワヒリ語で「ホロホロ鳥」の意味らしい。

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2013年5月25日(土)〜6月30日(日)

【クローズアップ展示】

『Art of Communication: カンガ、主張する布』

古代オリエント博物館 小企画展示室




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