このところ、BOPビジネスとか、社会的課題解決型ビジネスや何かのトレンドを追いかけることに、強い情熱を感じなくなってしまった。

もちろん、日々すばらしい活動をされている方はたくさんいて、色んな方面から情報が飛び込んでくるのはありがたいことなのだけれど。


たぶん、情報が多すぎて、単なる山積み状態になりがちだからなんだと思う。


わたしはどちらかと言うと、開発の世界の方がこれまでのキャリアバランスとして少しだけ多いかもしれない。

けど、ここ数年の貧困削減に資するビジネス、という考え方は少し加熱し過ぎな気がしている。
わたしの感覚が追いついていないだけかもしれないけど。


少なくとも、たとえばあるビジネスを通じて途上国の雇用問題を解決しようというアイディアは立派かもしれない。


でも自分は、あんまりそんな大それたことはできないなぁと思ってしまう。

よく知らない国で、しかも一外国人で、年齢も中途半端に若かったりして、そんな自分がよそ様の国で自分の力で社会的課題を解決しようなんざ恐れ多いもほどがある、と思ってしまう。


もちろん、繰り返すけど、すばらしい活動をされている方はたくさんいて、成功しているひともいる。


でも、そのスタート地点がもし、この国にはこのような社会的課題がある、というところにあるのだとしたら、その考え方にはやっぱり違和感を感じる。


それは、初めての途上国で意気揚々として、自分の知識を教えてあげよう!と乗り込む若造…若手の無邪気な協力隊員にも似ている。


社会的課題解決型ビジネスは、手段であり、目的ではないという単純な話。


わたしが取引をしているある生産者のビジネスがいま、苦しい状況にある。
わたしだって、なんとかしたくて色々と提案するけれど、軽くあしらわれている。


結局、日本人の自分ならできるかもしれない、という思い上がりが、たぶんかなりな割合でこころの中にあるからなんだと思う。


他人のやってきたビジネスであり、生きてきた人生。軽い気持ちで、口出しはすべきではないのは、開発も援助も社会的課題解決型ビジネスも同じだ。


だからなおさら、安易な気持ちで、流行を追いかけるような形で、かっこいいコンサルタントみたいな言葉を使って途上国のひとと接したくはない。

リスペクトを失わずによく当事者と議論した結果として、相手のイニシアティブでそのような手段を取るという結論に至るのならベストなのかもしれない。


現実的には、わたしはきちんとしたサイズのワイヤービーズのゾウを入手するという簡単なことですら、ちゃんとできていない。

そこをきちんとするところからはじめるものなのではないだろうか。


それは、とても時間のかかること。


もし、社会的課題解決型ビジネスにある種のかっこよさを漠然と感じているなら、そこをもう少しよく考えてみた方がいいんではないかな。


本当に求められている大切なことはいったいなんだろう。


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