「ジュリー&ジュリア」という映画がある。

1940年〜50年代のパリに過ごしたジュリア・チャイルドの書いた大作のフランス料理本"Mastering the Art of Cooking"(1961年)と、2003年、彼女にあこがれるNY在住のジュリー・パウエル。

ジュリーは、500あまりもある難しいジュリアのフランス料理のレシピをすべて再現し、一年間その様子をブログにつづっていくというお話。


ジュリーがあこがれるジュリアについて思った。


大学四年生だった1998年、わたしは南アフリカ出身の作家ベッシー・ヘッドを追いかけて、ボツワナと南アまで行って二か月弱を過ごしたわけだけれど、それはちょっとだけジュリアとジュリーの関係に似ているかもしれない。

1986年にベッシー・ヘッドは48歳の若さで亡くなっているので、わたしは彼女に会うことももちろんなかったわけだけれど、彼女の残した本や、数千通にも及ぶ書簡を通して、わたしは彼女を知っている。

でもそれは、一方的に知っている、ということ。

彼女の言葉たちの素晴らしさ。わたしはそれらを通して、アフリカとつながるようになった。


いつか、日本で彼女の小説を訳して出版し、さらに彼女の書簡集もつくりたいと思っている。

ここ数年、仕事はODA関係などになり、ジンバブエに赴任したり、麹町のJに勤めたりしているけれど、ベッシー・ヘッドのことは忘れたわけではなく、むしろ毎日考えていることのひとつ。

いま、Rupurara Moonというショップを開いたけれど、これもまたアフリカとつながるわたしのプロジェクトのひとつ。
すべてはつながっているのだ。


当初は、ベッシー・ヘッドの小説や書簡集の出版に心が焦っていたけれど、いまではそんな気持ちはない。
むしろ、いろんなかたちで仕事をして、プライベートでたくさん苦しい思いをしたりしながら、ブレークスルーを経てわたしは重要なものが自分の中に蓄積されているのを感じている。


今の自分なら、かつての粗削りな大学生だったころよりもずっと良い文章が書けるだろうな。


ボツワナのセロウェ村には、彼女が暮らした22年間にわたって毎日のようにつづった数千通に及ぶ書簡がある。そのどれもが、ドラマチックで、カラフルで、うつくしい。
いずれも、1960年代半ばから86年に彼女が亡くなるまでのもの。

中には、出版前の草稿まである。

わたしは、大学生のころに取った大量のコピーを、いままで引越しのたびに持ち歩いている。
けっこう嵩張る宝物だ。


なんとなく、年数を経て自分の心が良い感じになってきたので、きっとそろそろよい時期なのかもしれないな。


そんなことを、映画『ジュリー&ジュリア』を観ながら思った。


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彼女の手書きノート。

ベッシー・ヘッドについてはこちら
なんと、私のサイトはwikiからリンクが貼られてます。うふふ



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