Rupurara Moonのお店のことを考え始めると、最近はもう止まらなくて、妄想まっしぐら
店舗を作ったり、それ以降にも、世界に広げていくためのイメージがたくさん湧いてくる。

楽しくて仕方ないですね。

そして、いろんな方がお店の商品を気に入ってくださったり、共感してくださったりするのがとてもうれしい。


最近、とくに思うのは、自分の中でいろんなものが一つのところに流れ着くように、「しっくり」きているということ。
これは、10年スパンの時間でそのようになりつつある。


大学生のころ、開発援助の勉強なんかをして、その後、エディンバラ大学で修士課程を終え、一時期は民間企業で営業社員もやっていたことがあったけれど、開発コンサルタントやNGO、外務省やJICAの仕事を経て、今に至っている。

そして今でも、ODAの仕事はしている。

一方で、「あふりかくじらの自由時間」というメルマガとサイトを始めたのは2000年ごろで、それから10年以上。
ショップを始めて、二年半。



開発援助の小難しい世界にずっといると、気付けば、自分が「かわいいもの」「すてきなもの」が好きということを、どこか隅っこの方に押しやって生きていたように思う。

こんな本(ろばちぇん)とか。読んでたナー。
Whose Reality Counts?: Putting the First Last

論文書いたり、実際のODAの仕事とかで、カタイ世界にいると忘れてきていた。

まるで、学校に漫画を持ってきてはいけない、というルールみたいに、アフリカンアートやすてきなアクセサリやかわいいものなどを持ち出すことに、意味もなく罪悪感を感じたりしてたことに気付いた。

それってほんとうに、ばかばかしいと思う。

人間が生活して生きていく「普通のアフリカ」を伝えたかったのに、どこかでわたしは、その「援助業界という特殊な世界」に飲み込まれて、自分でそれを否定していた。
でも、「生活」って身近なところにある。ODAだってなんだって、「ひとびとの生活」にかかわることをするのが本来の仕事。でも、それを、援助業界のひとたちが寄ってたかって特殊でカタイ世界にしてしまったことは、罪だと思う。



かといって、開発の議論や援助の潮流、世銀のレポートなんかについてまったく無知のままにアフリカとかかわること無しに、今の自分もなかったと思う。
援助関係者だからこそ、援助に取らわれない発想に気付くことができるということもある。


だから、いま、ショップをやっている。
ショップをやることが応えではないが、根本的な発想はこういう「援助の特殊な世界から抜けること」にあったのだということを、最近とても強く実感している。




JICAや外務省は次のTICADに向かってあれこれ動いているようだ。わたしは今回、NGOにはかかわっていない。


援助業界には、たぶんまだしばらくかかわっていくのだろうと思う。


でも、自分の芯が、やっと固まりつつあるように思う。そのコンセプト土台みたいなところをちゃんと発見した。


ってことを、歯磨きしながら思いましたので、つづりました。


いつもありがとうです。


rupurara073




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