7e0f1480.jpgジンバブエネタばかりだと、完璧な「ジンバブエ・ブログ」になっちゃうのでね。
ふと感じたことを書く。

ある一般人のオジサン(日本人)に、自分の職業などを話す機会があり、必然的にアフリカ関係の話をした。
オジサンは、こんなこと言っちゃあいけないんだろうけど、と前置きをしながら、やはりアフリカといえば、どうしても「土人」がいて野生動物がいてというイメージになってしまうんだよねぇ、と申し訳なさそうな顔をしていた。
「土人」は差別語といっていいんだろうけど、(ちなみに1930年代の朝日新聞を調べたときは、アフリカに関する記事にはこのことばが普通に使用されている。時代は変わるのだ)このオジサンの抱くイメージは、一般的であるといってもいいだろう。

いまではずいぶん変わってきたのかもしれないけれど、やはり「アフリカ」をひとつの国のように思っているひとがずいぶんいる。「あいのり」という番組で初めてアフリカを訪れた若者らも、アフリカの中に国があるなんて知らなかった、なんていっていたそうだ。

でも、これを笑えるか?

いったいどれくらいの人が、どこまで知っているというのだろう。


最近、お世話になってるアドゴニーもそうだけれど、ボビー・オロゴンなどのアフリカ人タレントも多く出ている。
今日の番組で島田紳助が、テレビ番組のために「演出」をするアフリカのひとたちの「ヤラセ」について語っていた。

何年も前、エンピツ日記にも書いたことがある。(たぶん2000年くらい)
普段、「普通」の生活をしているいわゆる「ブッシュマン」(ちなみにこれも、差別語。念のため)のひとたちが、欧米のメディアのためにわざわざシャツやパンツを脱いであのような毛皮の衣装を身にまとい、槍を構えて見せているところを撮った写真について。

これは、彼らにとっての商売である。
観光客や先進国のメディアが「期待するもの」を提供する。



これが現実なのだ。
やっぱり、イメージの中で槍を持っているはずのひとが、カローラに乗ってスーパーマーケットで買い物をしていたら「残念」だから。

(もちろん狩猟をするひとたちはいるんですけどね、これも念のため)


だけど、そういうものを求めるのは、テレビを見ている我々、なんですよね。
これが溝を深める。アフリカを、特別なところ、特別な別世界と見てしまう。これがいけない。
自分で遠ざけているんです。一歩踏み込むことをせぬまま、メディアが作り上げた虚像を信じ込んで。


この話は、ここまでにしておく。

今の私に何が出来るのか。
このブログを読んでくださる色んなひとたちに、いったい何ができるのか。

なんてことを、考えているヨ。



(写真は、ジンバブエ。ひとりでひたすらドライブしてたときの、青空と大地!ブログのデザインもちょっと変えてみました。気分転換。人生変えたい)


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