『あふりかくじらの自由時間』

アフリカのこと
オンラインショップRupurara Moonのこと
アフリカビジネス、ソーシャルビジネス、コンサルティングのこと
ベリーダンスのこと などなど・・・。


■オンラインショップ『Rupurara Moonアフリカンビーズ&クラフト』
■メインサイト『あふりかくじらの自由時間』

2010年08月

事務連絡。

事務連絡。

ジンバブエ行き、とりあえず今週末からっていうのは無しにしました。
諸般の事情により。


今のところ、9月後半には計画をしておりますが。

いつもお世話になってるアーティストたち&新しいアーティストたちに会えるのが楽しみ。
新しいクラフトたちにも会えるかな。

以上。

セクシーな音楽に酔いしれる。

いまさらとお思いでしょうが…


いろんな方が例によってブログなどに書かれていますけど、先週の水曜日には渋谷のクラブ・クアトロにて「 SukiAfrica 」〜スキヤキ・オールスターズ 東京初上陸 〜へ。

もちろん、ジンバブエの愛すべきミュージシャンであるチウォニソ・マライレが出演されるからには、もう、嬉々としてひとり渋谷へ参りましたわけです。


何故か画像がうまくアップロードできないの(´−д−;`)


まず。ほんとうに素晴らしかった。

アフリカからのミュージシャンとのセッションはほんとうに心地よくて、もう卒倒しそうだった。

ものすごい濃密なリズムと音と歌とフィーリング。
その高まりがたくさんの人たちのそれと呼応して増幅していくのは、ライブの醍醐味だ。

共演されたNudge! Nudge! Gran Mercadoというひとらも、すごかったんだけど。
ジェンベ、コンガ、タブラ、ペダルスティール、などなどたくさんの超豪華なメンバー(らしい)にて演奏。


それで、思った。

ミュージシャンってのはとてもセクシーだし、目がいっちゃっているし(!)、演奏が乗ってくるといわゆるトランス状態に近いものがある。
それは、音楽、ひいてはライブのいちばんの魅力にちがいない。

このだんだんと上がってくるテンションのようなトリップしたような空気と鼓動は観客によって増幅され、もうどんどんエスカレートしていく。お互いの掛け合いで心が通じ合う。

気持ち良すぎて、気絶するかと思った。
意識がトリップしてた。

これは、もちろんベリーダンスにもいえることだ。
音楽を体で感じ、体で表現していく。どんどん曲の世界の中に吸い込まれて肉体が溶けていく感覚は、おんなじだ。
ライブ演奏でのダンスだと、なおさらなんだと思う。

ライブ演奏で、目の前で演奏されるパーカッションが内臓に響き、体の中からリズムを感じるとき、自然にダンスが生まれてくる。

そんな感覚を覚えて、すごく自分は幸せだと思った。


そして、そんな風に踊れたらいいな。なんて思いましたの。


来月18日には、Fatimaさんで踊らせてもらいますゆえ。


いやあ、素晴らしいものを観させていただきました。
感じさせていただきました。



ネックレスなど。

ルプララ・ムーンに少々アップいたしました。
ネックレスなど。

ジンバブエのアーティストの手作り一点モノのみ。

IMG_1773_shop(1)IMG_1771_shop(1)

モザンビーク島。

ジンバブエ政局についても、思うところは多々ありますが。

なんだかふと思い出したので、モザンビーク島。

世界遺産です。

CIMG1140CIMG1104











CIMG1163CIMG1101












CIMG1090CIMG1129









うつくしい島。
歴史のある島。

でも、思うことはたくさんありました。


CIMG1201CIMG1216












半分は、古い要塞や宮殿がある観光エリア。
ゴージャスなホテルも建っている。


そして半分は、あまりにも人口密度の高い居住区。
ほとんどは零細漁民です。
衛生状況は悪い。

観光から裨益していない。




うつくしい島です。

でも、この生活に、第三者である先進国がどうやって介入するんでしょうか。
それはひとの生活を壊すことになるのではないでしょうか。


要塞の修復ばかりにお金をつぎ込む先進国。


世界は、たくさんの不均衡の上に成り立っている。


この島には、それが凝縮されている。


でも、それをみて、「汚いからトイレをつくってあげよう」などど、いったい誰が言えるでしょうか。

CIMG1220








この、小さな生活を。




ジンバブエと選挙とメディア。

しばらくぶりにメディアの方とあってお話をして、その「センス」みたいなものを感じとって、いまわたしの脳みそは少し何かのスイッチが入っている。

ジンバブエ政局についてひさしぶりに思うことを書いてみる。


こんなニュースを見た。

Zimbabwe: Principals Clash Over Elections


SADCがジンバブエ与野党の仲介に入るのはもう何度目になるのかわからないけれども、相も変わらず対話は平行線。パワーシェアリングは守られないままだ。

そのまま選挙に突入しようとしている。


だけど、経済制裁をしたり単純にムガベ大統領を独裁者呼ばわりするひとたちよりは、遅々として進まぬまでも、SADCの態度のほうが「オトナ」だし、支持できるんじゃないかとおもう。

少なくとも。
あくまでも、ムガベ大統領を尊重しているんですよ。オトナとしてね。

真っ向から正義を振りかざすには、おそらく欧米メディアや一部の政府には知識も理解も柔軟性も足りないのだ。そしてメディアがそれを助長したりするもんだから、おそろしい。
もっというと、知っていてやっているひとたちもいるからおそろしいんだけど。


日本でも欧米メディアに引きずられているけれど、アフリカに関係している業界のひとでさえ、「ムガベさえいなくなればいいんでしょ」論法を振りかざすひとだっているものだから、正直言って単純なお子様ぶりに呆れること、あります。(暴言?)

でも、一概に責められないのも事実なのだ。


ムガベ大統領の言うことははっきりいってあまりにも権力に固執している。
でも、なぜそのようなロジックに至るのか、すこし考えてみたらどうだろう。
メディアにも、そのようなカバレージをしていただきたいものだ。


少なくともわたしは、こういうことを日本語で書きます。

細々と…。


ジンバブエはうつくしいところなのですから。


いやな報道ばかりで、いったい誰がジンバブエを好きになってくれるのです?


zimbabwe2009 162



スウィート・ホーム・ジンバブエ。(アサヒコム更新)

スウィート・ホーム・ジンバブエ。

ほんとうは、コラム自体にこんな感じの名前をつけたかったのですけれどね。そういう意識で、普通のジンバブエのひとの生活や視線を書きたかったから。
「シリーズ・ジンバブエ」はこれで7本目。
シリーズの前にもたしか1本くらい書いたんだっけかな?

先月、モザンビークの北部、第二の都市ナンプラに暮らすあるジンバブエ人のお話をうかがいました。
国の政治経済状況は、こうしてたくさんのひとの人生を左右していくのですね。

だけど、そういうことってメディアでなかなか取り上げられない。


そして、ムガベ大統領のこと。
わたしは繰り返し、ムガベ大統領一人が「悪者」ではないって書いてる。
ほんとうにそう思っている。
でもそれは、このコラムにあるように彼の政策をすべて肯定するということではない。
ムガベさえいなくなればという論調で、どれだけたくさんの重要な事実を闇に葬り去っているだろうか。

そんなことを思うのです。

などなど。


それにしても、ジンバブエ。
面白い国です。最近でもニュース見てるといろいろおきてますね。

CIMG1407CIMG1409









これは、モザンビークのナンプラの街。
そして、ジンバブエのマゾエ!ラズベリーとかピーチ味もあるの知ってました?え?わたしが認識していなかっただけか。オレンジだけじゃないのね。



コラム、ぜひご覧くださいませ。読んだら感想などおしえてくださいね


「スウィート・ホーム・ジンバブエ〜モザンビークの英語教師 シリーズ・ジンバブエ(7)」





にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村 

Rupurara Moon 〜ルプララ・ムーン〜ジンバブエのクラフトショップ


メールマガジン『あふりかくじらの自由時間』『あふりかくじらの自由時間』メールマガジン

あふりかくじらブックシェルフ←オススメ本、集めてみました。


→ asahi.com『モザイクアフリカ』にコラム連載中!

モザンビークの写真など。


また近いうちモザンビークに行くことにはなるんだけれども、ひとつひとつを写真に残しておきたいなと思い、こちらのアルバムに公開いたしました。

mozambique June 2010 - 001

4セットあるので、地道にアップしていきます。

その場の空気とわたしの視線を閉じ込める感じ。


これは、ヨハネスブルグ〜マプト〜イニャンバネ。


あと、Rupurara Moonのほうももう少しリニューアルしてもいいかなと思います。
いつもみなさん、ありがとうです。

CIMG0596_smallCIMG0550_small








CIMG0526_small







にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村 

Rupurara Moon 〜ルプララ・ムーン〜ジンバブエのクラフトショップ


メールマガジン『あふりかくじらの自由時間』『あふりかくじらの自由時間』メールマガジン

あふりかくじらブックシェルフ←オススメ本、集めてみました。


→ asahi.com『モザイクアフリカ』にコラム連載中!




"Gesture of Belonging"

まず、大切なことを書いておこうと思います。

作家ベッシー・ヘッドに関することです。


1937年、南アフリカはピーターマリッツブルグに生まれた「カラード」で、アパルトヘイト下の激動の南アフリカを生き抜き、人種と政治とジャーナリズムの混沌の中で26歳でボツワナに亡命し、22年後、48歳で亡くなったベッシー。

わたしのこれまでの13年間は、彼女とともにありました。
彼女の文章と出会い、実際に会ったことはなかったけれど、わたしは彼女をずっと一方的なソウルメイトとして生きてきました。


初めてボツワナを訪れた1998年、わたしは大学四年生でした。
セロウェ村の博物館の小さな小屋に泊まり、文献調査をしました。
たくさんのひとに出会いました。ベッシーのひとり息子、ハワードにも会いました。


その後、ベッシーの暮らしたセロウェ村を再訪したのは9年後の2007年のこと。
彼女の生誕70周年記念に、世界中の研究者が集まり、シンポジウムやたくさんのイベントが行われました。

多くの論文や著書のなかで名前をみかけたベッシーの身近なひとたちや研究者たちに会い、わたしにとってはこの上なく貴重な時間でした。

そのときの写真はこちらのアルバムに


serowe 002serowe 007






serowe 011










ベッシーの息子ハワードは、わたしの名を覚えていてくれました。
色んな立派な研究者が彼を訪れるだろうに、9年前に訪れた大学生のわたしを覚えていてくれたことには、ほんとうに感動しました。



serowe 037







そんなハワードが、その3年後の今年5月に亡くなったそうです。


ボツワナ大学のいつもわたしがお世話になっている先生がメールで知らせてくれました。
ハワードの詳しい病名は知らされていません。

まだ、49歳になったばかりだったはずです。


ハワード。
1964年、まだ小さかったころにベッシーに連れられて当時の英国保護領ベチュアナランドに亡命したハワード。それからずっと、どこかへ暮らしてもまたセロウェ村に戻ってくる人生でした。1986年にベッシーが亡くなってからも、彼女の建てた家に暮らしていました。


ベッシーは、48歳の若さ、ちょうど49歳になる少し前に肝炎で亡くなっています。

こんなことってあるでしょうか。

そして、ベッシーの母親である南アフリカの白人女性ベッシー・エメリーも、1943年、やはり49歳で亡くなっているはずだったと思います。

ここに何の意味があるのですか。

ベッシーの人生はあまりにも苦しく激しくドラマティックで、わたしは彼女のことをいつも考えるのです。
2001年に書いた修士論文は、彼女にdedicateしました。


でも、「問い」は、わたしのなかに残っている。
わたしと、ベッシーは何なんだろうと思ってる。

自分が生きていくなかでどんなことをしなくてはならないのか、未だにうまくつかめていないのかもしれない。


ハワード、わたしを覚えていてくれてありがとう。

1998年、おうちを訪ねたときに出してくれたマグカップから溢れそうなファンタ・オレンジとあなたの横顔は忘れません。
あのとき話したことも、ちゃんとこころの抽斗にしまってあります。



あなたは、ベッシーと同じ墓地に眠り、ほんとうにボツワナに骨をうずめることが出来たということなのでしょうか。
それは、Gesture of Belonging〜故郷のないものの「帰属」のしぐさ〜なのでしょうか。

・・・。


さようなら、ハワード。


serowe 041



にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村 

Rupurara Moon 〜ルプララ・ムーン〜ジンバブエのクラフトショップ


メールマガジン『あふりかくじらの自由時間』『あふりかくじらの自由時間』メールマガジン

あふりかくじらブックシェルフ←オススメ本、集めてみました。


→ asahi.com『モザイクアフリカ』にコラム連載中!




Rupurara Moon
アフリカンビーズ&クラフト






Rupurara Moonショップブログ




セロウェの夜明け、鳥の声を聴いた: 大学生、作家ベッシー・ヘッドに会いたくて、ボツワナへ行くことにした。
横山仁美
B01A4FSZXE



↑↑Kindle本出ました!!




Profile
facebook
Twitter
Archives
  • ライブドアブログ