『あふりかくじらの自由時間』

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2006年12月

連休初日というのに。

昨日で仕事納め。
(ときに、彼らはほんとうに「御用納め」と言うよ。おお、江戸時代のようだね)
今日は連休初日。年末まっしぐら。

夕べは夜遅くまで同僚の家でDVDを観て(『タイガー&ドラゴン』)遅く帰って、家でぐっすり寝てたら朝早くご近所の方がぴんぽーん。
「このまえ誰それが話していたビタミンEのローションだけど、これだよ。あげる。12,000ドル払ってね」だって。

あぁーん↑!!??(眉間にしわ)あんどぅわって〜!?
あたしがいつそんなもんを買ってこいっていったんだ、このやろ。ビタミンEのローションの話がどうやって出てきたかも覚えてねーよ、ったく。

とか内心思いつつ(眠いし)、例を言って金を払うくじら。偉すぎ。こんなもん使わんよ、肌きれいだもん。こういうところの感覚、なんかずれてるのよね。頼んでもいないのに…。誰かにあげちゃうよ、もう。

メイドさんがお休みの日だというのにやってきてくれて、熱心に掃除洗濯などをしてくれている。ありがたい。
なんというか、ぜいたくだ。これもまたジンバブエライフか。

そんななかパソコンに向かい、アホなもんをせっせと作っている。


jibaku







けっこうおバカな自分が好き。



tora







いま外は大雨。息もできないくらい重たくて激しい雨。水の底にいるみたい。



sign





局地的大雨。



これ、弟(いたる)に教えてもらった。面白すぎ。




tattoo




明日からヴィクトリア・フォールズ。滝だよ、滝。
この雨も滝みたい。




soup




ハラへった。

オール・ジャパン、スーパー・ディプロマシー。

0f42be0a.jpgこのアフリカ大陸に日本大使館が増えることがほぼ決まりらしい。2007年中に開設しそうな勢いである。

西アフリカの「マリ」、そしてこちら南部アフリカの「マラウィ」とわたしのセカンド・ホーム「ボツワナ」の三公館だ。やっと。やっとボツワナにも大使館ができるよ。外務省もアフリカにいよいよ力を入れているということを対外的にもわかってもらえるようにがんばっているのかな。

2008年には<TICAD 検笋發△襦
アフリカに日本の在外公館を増やして、そんでもってもっと日本の人の目がアフリカに向いてくれるといいなと思う。意義あるTICADになるといいな。わたしの所属するTICAD市民社会フォーラムもがんばっているし。(来月にはマラウィでセミナー)

最近良く「オールジャパン」みたいなことばをきく。
アフリカ外交は外務省だけの仕事ではもちろんない。そしてJICAやJBICだけの仕事でもない。すべてのひとたちが集まってつくる「ジャパン」というイメージ、そしてブランドなんだろうな。
だからTICADも外務省や経産省等の政府系だけではない、みんなのものにしていくべきである。
そしてとくにニッポンのNGOは、自分らも「ジャパン」というブランドを背負っていることを忘れてはいけない。自分らも「外交」の一部だ。そして、いつまでも政府を批判してばかりいるようではダメだ。「主体的な外交」とは、市民社会のものでもあるのである。ひとのせいばかりにしていては、何にもはじまらない。狭い視野を立体的に広げるところからはじめなければならない。

アフリカでニッポンのプレゼンスは弱い。
ここで売り込んでいくには、費やした膨大な額のODAの分、理解と感謝を得られるようになるには、道のりは長い。

あふりかくじら的にも、ささやかな努力をしたいな。
ずっとアフリカに関わって生きていく者として。

幻影としてのローデシアの夜に。

08b0e33e.jpg与党ZANU-PFの年次国民協議会(Annual People's Conference)がゴロモンジというところで開催され、2008年に予定されていた大統領選挙が、かねてから与党が目論んでいたとおりに2010年に延期された。
2010年、議会選挙と大統領選挙が行われるという運びである。
しかし、「あのひと」さえいなくなれば物事はすべてよくなるというのは幻想だと思う。問題は根深い。


写真は、わたしの住むヴィレッジのレストラン。金曜日の夜、予約を入れたひとだけがささやかな食事(といってもどうせフィッシュ・アンド・チップスである)をいただき、住民ボランティアの奏でる音楽に耳を傾ける。

ここは、まったく別の時間が流れている。
どちらかというと、ローデシアという過去の記憶をひきずりながら、一方で新しい「自分たちだけ」の時間を生きようとするひとたち。

アコーディオンを奏でる男性は、ある病気で身体の自由があまり利かない。
わたしがピアノを静かに弾いたら、まじめな顔でそれをほめた。
そして、ヤマハのサクソフォンを手に入れるにはどうすれば良いかと尋ねた。

ささやかなひととき。たのしいおしゃべり。
昔懐かしい音楽。
クリスマスまであと三日、この夜がふけていく。

こうして、12月が暮れてゆくのだ。
このひとたちにとっては、この土地で迎える何十回目のクリスマスなのか。

この国は、どこへ向かうのか。


『あふりかくじらの自由時間』【95】参照。

たくさんのおめでとうをありがとう。

今日からクラブ・サーティーズに入会しましたくじらです。

いろんな方からメッセージをちょうだいしてとてもうれしく思います。
ありがとう。

たくさんのことがあってくたびれていたけれど、今夜のディナーと、いま一緒に働いている人たちの気持ちとがうれしくって、幸せだなと思いました。
いつか離れ離れになるだろうけれど、この瞬間だけはほんもの。

あふれんばかりのお花をもらいました。
うちでいちばん大きい花瓶にも入りません。深夜の水切りは大変でしたが、なんとか分散して(大きなプラスチックのアイスクリームの空き箱にまで入れた。案外見られなくもない)いれることができました。


flower



これからの新しい手付かずの10年間。
何ができるか、とても愉しみです。



birthday



13歳の誕生日のとき、ティーンエージャーになるお祝いに母からもらったネックレス。はじめての「大人っぽい」アクセサリーでした。
いまでもときどきつけるし、お誕生日には必ずこれを身に着けています。

あれ、写真よく写っていないね。

くじら、お誕生日だよ。

1b65e5f8.JPGおめでとうを言ってくれて、ありがとう。

日本はもう12月13日で、ハラレはあと一時間半ほど。

今日は、自分の住むヴィレッジのパブにひとりでふらふらと行って、停電だったけどいつものように小さな灯りでキャッスル・ビールをちょうだいした。
何人かの顔見知りのおじいさんがいて、とっても楽しく語り合った。帰りは仲良くしているおじいさんのところに別のおじいさんと行って、テレビ見ながらビール呑んでしゃべって、イモ食った。もとい。チップスをいただきました。


幸せだな〜なんて思う。
ささやかな、ほんとうにささやかな。

ご近所に、こうして気のおけないお友だちみたいなひとたちがいてよかった。年齢が40歳以上もちがうなんて気にならない。


そして、いちばん大切なひとからはバースディカードをもらったよ。
あまりにうれしくって涙が出た。
最近はもう、どこか感情が壊れているのかな。


今日のバースディは特別。
静かに、こころ静かに迎えたいと思うよ。

そして、いろんなことが愉しみ。

これから、30代なのね。

エンピツ「あふりかくじらノート」(日記)

エンピツ日記「あふりかくじらノート」に書きます。
こちらのほうが、より<日記>スタイルなので。

あの海を見たい、浦安の。

ほんとうは、ひとりきりの週末、浦安のあの海を見て、海風に吹かれながら甘ったるいフィズでも呑みたいものだ。

よくひとりで座っていた、あの街の端っこの海。
遠く1,000キロ先の小笠原と、そこを訪れるくじらのことを考えながら。

そういう自分を夢想する。
(…というか、酒が呑みたいんかね、こりゃ)


ハラレの日本人が「日本人会の忘年会」などといってはしゃぐころ、わたしはひとりの休日を過ごす。(日本人会というものはキライなのだ。日本人会に入っていないと言うとびっくりされるが、ナゼ?)

日用品を買う。インディゴ・ツリーのオーガニック石鹸。クリックスでシャンプーとコンディショナー。いずれも香りの良いものを店の中で座り込んでまで選び抜く。そして山崎まさよしをがんがんに歌いながらドライブして、カルテックスでガソリンを。
たまりにたまったビール等の空き瓶をお気に入りのかごにつめ、SPARのEMPTY引取り所に持ち込む。1,600ジンバブエドルのリファンドなり。金よりも、数が減ったのがうれしい。(あと何往復しなきゃいけないかは考えない。山のような酒盛りのあとがうちにはあるの…100本?もっと?)

クリーミー・インのバニラ・アイスをひとりぶん買い、ステアーズ・チキンでジャンク・フードを購入し、帰宅後摂取。ミネラル・ウォーターを一気飲み。

おもむろに報告書を書き進め、気が狂ったような午後を過ごしたら、何とか完成の目途がついてきた。バンザーイ。現在約15,000字也。長すぎ。死にそう。あと2,000字は増える予定。ふふ。あとはオチをつければ良しと。
しかし、今日の報告書執筆の勢いはすごかった。クレイジーって感じ。

もう、開き直ったのか、今朝狂ったようにがつんがつんとショパンを弾きながら(ご近所のおばあさま方ゴメンナサイ)泣いたのがこころをすっきりさせたのか、報告書は順調。愛するだーりんさまにもお電話。一瞬、仕事の邪魔した。ハンセイ…。

ともかくやるべし。
日常の細かな物事を。ひとつひとつ、物事を正しい方向に導いていくべし。丁寧に考えるべし。正直言って、裏切りはやはり許せない。そして暴力は、やっぱり許せない。だからわたしはそれなりの決断を下します。


夕方、車をじゃぶじゃぶ洗ってすっきり。田舎道を底をすりながらいったのが、はっきり傷になっているじゃないの。でも、わたしと仲良くしてね、カローラ。ずいぶんわかりあえてきたし。ごしごし。

お気に入りのフラットが、また夕暮れに包まれていく。
全体的に大きくはないけど、メインベッドルームはとても広くて巨大なベッド(三人は眠れる)があって、白いタイル張りのバスルームには小さいけどシャワーのついたバスタブがある。朝には、とてもまぶしい太陽の光が差し込む。
ゲスト・バスルームとシャワールーム、それからゲスト・ベッドルームには感じのいいカーテンとベッド。広いリビングルームは天井が高くて、三角屋根のそのままの形をしている。ここにフジコ・ヘミングがうつくしく響くのである。
そして、レンタルのピアノと、ソファセット、テレビとステレオ、ワインを12本収納できるキャビネやショナ彫刻がある。
キッチンはきれいで機能的、くじら好みのカウンターがついている。そこにはこれまたお気に入りのオレンジ色のゾウさんがいる。(ミクシィの写真参照)

土曜日。
やはりわたしは書くことによって救われ、生かされる。
そして書くときは苦しむ。ことばが降ってくるときも。
だけど、こうするしかない。
そして、アフリカでこうしていることが、何よりもいちばん良い精神状態でいられるのだ。

さ、報告書の最終章です。とても楽しい。ほんとうに。


ときに、日本のショット・バーが恋しくなった。
どこかすてきで落ち着いた小さなショット・バーのカウンターで、とびきり美味くてまろやかなカクテルをいただきたい。


やっぱり酒か。

ジョン・レノンの命日。

何人かのひとが日記などに書いていたので気づく。
ジョン・レノンの命日。

彼のことをとくに好きとか敬愛するとか言えるほど知らないけれど、それでもいくつかの曲がこころのなかで遠いところからひびいた。

1988年のこの日、わたしは家族と一緒に初めて日本を出た。
そして、アラスカ州アンカレジに暮らし始めた。

1996年のこの日、大学二年生のわたしは家を出て横浜でひとり暮らしを始めた。

2006年のこの日、わたしはフジコ・ヘミングを聞きながら、ハラレで報告書を書いている。金曜日の夜。


ずいぶんこころが冷静になってきたし、哀しいかな、冷淡になってきたようにさえ感じている。でも、これが最善と思う。
ひとつずつ、ひとつずつ。おちついて。
泣かないで。

ことばをかけてくれたあなた、ありがとう。ほんとうに感謝する。


ちょっと、冷蔵庫からビールでも出して呑んでしまおうかな。
めずらしく、ひとりで。

危険であるほど冷静に。

少しことが進んで、でも何の解決にもなっていないけれど、すくなくとも月曜日時点よりは落ち着いた。
何人かに話をした。直接利害関係のないひとたち、そして話をきちんとその重さのまま受け止めてくれるひとたちに。

誰も他人の人生の問題は解決できない。

ただこれが、殺人とか、逆恨みとか、わたし自身に対する暴力とかにつながらないようにしなくてはならない。そのためには、冷静に、ほんとうに慎重に対処しなければならない。明らかに、危険にさらされている誰かはいるし、わたし自身もよほど気をつけないと危ない。

そして、真実をつきとめなければいけない。


でも、わたしのこころはやっぱり傷ついた。
何年かのあいだ信じていたことが、裏切られた。それが嘘偽りのかたまりであったなんて、にわかには信じられない。でも、真実をつきとめなければいけないという気持ちになれたわたしは、以前より少し強くなったのかもしれない。

信頼。そして裏切り。

これがどれだけひとのこころを傷つけるかということを知った。
その分だけ、わたしはこのことに向き合わなくてはならない。ひとつひとつの真実を手に取り、選別し、正しいところまで導かなくてはならない。信じていた分、傷ついた分、ほんとうに真剣に、わたしはその作業をしようと思う。
そして辛い選択も、しなくてはならないと思う。わたしだけのためではなく、同じように信じてきた人たちのためにも。


でも、深いところまで関わっては、おそらくいけない。
わたしは、他人の人生に関わることはできない。

そして、誰も助けることなどできない。

これは深刻。

2e84f30d.jpg人間不信になりそう。

どこまでが真実でどこまでが嘘なの?
もう誰も信じたくないし、聴きたくもない、という気分。


今日はもうめちゃくちゃ。
わたしの直接の問題ではなくて誰かの問題なのだけれど、それに多少なりとも関わってしまう結果となったわたしは、人生でこれだけ大きな問題を身近なひとが抱えるということになれていなくて、ひとりになったときに何度も泣いてしまった。
そして、いったい何のために泣いているのかわからなくなった。

それで、話をきちんとその重さで受け止めてくれることができ、かつわたしを乱すよけいなことは言わなさそうなひとを思い浮かべて、そのひとに会って話をしてみた。
すこしだけ、自分から冷静に次のことが考えられるようになった。

でも、まだ動揺している。

人間不信になりそう。
一刻も早くなんとかしなくてはならないのに。

苦しくてたまらない。こわくてたまらない。
わたしがためされているのか?

誰か、ほんとうに助けて欲しいかも。
Rupurara Moon
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横山仁美
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