『あふりかくじらの自由時間』

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2006年06月

馴染み入る瞬間。

馴染み入る瞬間、第?段階。

つまり、ひとつところに一定期間いた場合の、段階を追った「馴染み」の瞬間。かくっと前進するモーメントがあるのである。

というようなことを、本日職場で考えた。
赴任後、10ヶ月余り。
何段階かあったのだろうけれど、また一歩進んだ気がした。回りのひと、このオフィスの空気、建物、日の射しこみ具合。
職場の人との間合い、ジョークの言い方。
そういうものが、ふっとしっくり来て、そしてここにいて過ごした時間を思わせる。

子どものころから何度か学校を変わったり、その後もいつも職場や住むところを変わってきて、一定期間が過ぎたら生活環境を変化させてきた自分の生き方は、いつしか「時間×場所」の感覚を敏感に嗅ぎつけるようになってきた。

そして今回のようなこともある。
ふっと大きく前進する。


わたしはますます、わたしと向き合うようになってきた。
ひとりで落ち着いて、ほんとうに深夜のラジオを聴くようになった。


わたしが痩せた(事故以来ね)ということを誰かが言ってから、お尻の大きな女性は魅力的か、というような議論を交わしていたときに、わたしはそういう「馴染み」の瞬間を思いながら、自分の人生の中でいま立っている位置をなんとなく心の中で確認しているのである。

南アフリカの白ワインを片手に、午後五時の冬のハラレで。

ジンバブエにいる限り。

たくさんの人々の温かいお気持ちに支えられて生きている。
ずいぶんありがたいことだなと思う。

やっぱり、書き続けることが、くじら流の生き方であり。

ジンバブエにいる限り、いまのところわたしはハッピーだ。これからどんなことがあるかわからないけれど、少なくともわたしは自分の仕事や生活、この国を知ることをとても楽しんでいるし、それがいちばん大切なことなのだ。


ジンバブエドルは、闇レートが1米ドルあたり37万ジンバブエドルになって、公定レートとの差は三倍以上。大統領は益々元気で、分裂野党はバランスが悪い。
そして、毎朝の空気はひんやりとしている。冬なのだ。息が白い。


怪我はずいぶん回復してきた。
それでも、まだワイヤ除去術を受けるとか、深く切った傷が治っていないとかあるけれども、心の傷はとても時間がかかりそうだけれども、これもまたリセットというわけで。


温かい言葉をかけてくれる人々がいる一方で、わたしを色んなやり方で傷つける人間もいる。もちろんその意図はなく。
わたしにとって、これは人生を変えた出来事だけれどもね。


自分がいちばん大切。

生きることについて思ったこと。

『あふりかくじらの自由時間』「あふりかくじらノート」を読んでくださる方へ…



そろそろ、自分を「あふりかくじら」に戻さなくてはならないと思いますので、ここに書きます。このひと月のあいだ、考えた大切なことです。

先月14日、交通事故に遭いました。
ひと月近く経った今、身体のほうはずいぶん回復しつつありますので、どうぞあまり心配しないでください。いまでは、怪我のことは見た目ではほとんどわからなくなりました。

事故は夜でした。
ハラレ市内で車を運転していると、対向車が逆走してきて、わたしはそれを避けきれずに正面衝突をしました。衝突の衝撃で、わたしは顔面等にひどい怪我を負い救急車で運ばれました。

わたしのちいさなトヨタRAV4は前部が大破し、完全に修理不能となりました。
顔から出血しながら誰かに車から助け出され、地面に寝かされたときにちらりと見たわたしの車はひどくつぶれ、恐ろしい様子になっていました。
動けないわたしの代わりに車を引き取りに行ってくれたひとは、そのつぶれ具合を見て、わたしは死んだんじゃないかと思ったそうです。それでも、わたしの命は助かりました。

唇をひどく裂傷したのですぐに病院で縫合、左手をガラスで深く切ったので、たくさんささったガラス片を除去して5針ほど縫いました。レントゲン写真を撮ったら身体中あざと切り傷だらけのわりには骨は折れていませんでした。ひどく出血しましたが鼻の骨も大丈夫でした。
そのかわり、顔面は鼻の下の骨にひびが入り、歯は完全に位置がずれてしまっていました。翌日南アフリカに飛び、プレトリアの病院に入院、手術を受け、歯茎を固めこむような矯正ワイヤをとりつけました。南アでの療養は二週間程度でした。

胸部や鼻の痛みはまだ残り、左手の深い切り傷はまだ完全に癒えず、ワイヤ取り外し手術の必要も残っていて噛みあわせがまだ悪くはありますが、周囲の人々に支えられ、わたしはずいぶん回復をしました。
唇の機能はまだ元通りではありませんが、見た目は普通と変わりません。



命を落としてもおかしくなかったあの事故で、わたしは助かりました。
特別どの宗教の信者でもありませんが、それでもあれほどの体験をしたあとは、神様に心から感謝をおぼえました。


南アの病院に入院しているあいだ、身体的には命に別状はなかったのですが、事故の次の日に身体の痛みが増してくると、頭の中に何度も死の恐怖が自分を襲ってきました。


たまたま前の年、わたしの周囲には若くして亡くなった身近なひとが三人いました。六年前、交通事故で亡くなった友人もいました。
彼らとわたしを隔てていたものは、生と死というあまりにも大きな結果の違いですが、その狭間にあったものはほんとうに大きかったのか。それはほんの紙一重のちいさなものではなかったのか。
病院のベッドの上でたったひとりの夜中、そのような考えが何度も頭の中に浮かび、恐ろしくなりました。精神的なショックははかりしれず、わたしは今でも自分がとても不安定な精神状態にいるのを感じます。


身体の傷は治っていくでしょう。しかし、精神的な傷が完全に癒える日が来るのかどうか、いまのわたしにはわかりません。


それでも、わたしには命があり、大切な家族や周囲のひとたちがいます。そういうひとたちに支えられて生きている。

しかし、一方で他人の生を生きることはできず、また誰かがわたしの分まで生きるなんてできない。自分の生をたったひとりでほんとうの意味で孤独に生きていくのは、自分だけなのです。



生きているあいだ、わたしは書き続けるでしょう。
そして、どれだけたくさんのことを書きつづったとしても、決してそれに終わりはないでしょう。満足いくまで書き尽くすということはわたしの人生にはきっとない。
いつ死が訪れても、そのために準備ができているということはありえない。


わたしは書く人間です。
そしてそこには、永遠に書くべきことが存在するのです。



わたしを支えてくださる大切なひとたちに感謝します。ほんとうにありがとう。
ここに書いたことは、いま、この時点でわたしが心から思っていることです。



                         あふりかくじら
Rupurara Moon
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横山仁美
B01A4FSZXE



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